【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『源氏物語』(紫式部) × 『ドン・ファン』(バイロン)
その御方の美しさは、あたかも春の夜に降る細雨が、咲き急ぐ桜の唇を奪うが如き、残酷なまでの優美さを湛えていた。名は光。あるいは、運命の悪戯によって東方の深宮に投げ込まれた異端の貴公子。世の人は彼を「光の君」と呼び、あるいは「美徳を食む狼」と囁いた。しかし、彼自身が自らの魂をどう定義していたかといえば、それは恐らく、執筆を放棄された詩の一行目、あるいは、一度も開かれることのない扇に描かれた虚無の風景に過ぎなかった。
そもそも、恋という名の病は、高貴な身分と暇を持て余した精神が、退屈という名の毒を中和するために生み出す幻想である。バイロン流に言えば、愛とは天国を夢見る者が地獄で支払う通行税であり、紫式部の視座に立てば、それは前世の業が今世の衣を濡らす涙の雫に他ならない。光は、その両方の真理を、同時に、かつ冷笑的に体現していた。
帝の寵愛を一身に受け、亡き母の面影を追い求めるという高尚な名目のもと、彼は宮廷という名の華麗なる檻の中を泳ぎ回った。ある夜、彼は藤の香りが漂う渡殿の陰で、密かに一人の貴婦人を待ち受けていた。彼女は、彼にとっての「永遠の不在」を埋めるための代役であり、同時に、彼の破滅を完成させるための最後の鍵でもあった。
「愛とは、所有することでも、与えることでもありません」
光は、忍び寄る影のように彼女の背後に立ち、その耳元で囁いた。その声は、ビロードの闇を切り裂く剃刀のように鋭く、しかし蜜のように甘い。
「それは、自らが完全であるという錯覚を、他者という鏡の中に探し続ける、永遠の放浪に過ぎぬのです」
婦人は震えた。その震えは、恐怖によるものか、それとも禁忌の蜜を舐める歓喜によるものか。おそらくはその両方であろう。この宮廷において、貞節とは単なる物理的な距離の謂いであり、情熱とは言葉の綾に過ぎない。光は、彼女の衣の合わせ目に指をかけ、そこに潜む「倫理」という名の安っぽい糸を、一本ずつ丁寧に解いていった。
しかし、ここで読者は、この物語が単なる色恋の沙汰であると誤認してはならない。光の行動原理は、決して下卑た欲望に根差したものではなかった。彼は、自らの美貌が世界にもたらす不条理を、誰よりも冷酷に観察していたのである。彼は、自分が誰かを愛するたびに、その相手が社会的に死に、あるいは精神的に壊死していく様を、まるで実験室の科学者が試験管を眺めるような眼差しで見つめていた。
彼は、かつて海を渡り、異国の戦場やサロンで数多の心臓を戦利品として集めてきた。カディスの酒場で、あるいはヴェネツィアの運河で、彼は「愛の無価値」を証明し続けてきた。そして今、この重苦しい沈香の薫り満ちる平安の都で、彼はその集大成を演じようとしていたのである。
ある春の夕暮れ、彼は一人の少女を見出した。幼く、純粋で、まだ誰の筆も入っていない真っ白な料紙のような存在。世の常識に従えば、彼は彼女を自らの理想の女性へと「育成」すべきであった。しかし、光の内に棲まう皮肉屋の魂は、別の結末を提示した。
「純真とは、無知の別名である。そして無知とは、最も洗練された犯罪の一種である」
彼は少女に、歌の詠み方や色の組み合わせではなく、絶望の作法を教え込んだ。世界がいかに虚飾に満ち、権力がどれほど滑稽な演劇であり、そして美しさがいかに人を孤独にするか。彼は彼女を、自分自身の鏡像として、あるいは、自分を裁くための唯一の傍聴人として育て上げたのである。
月日は、冷淡な編集者のように、不要な場面を切り捨てながら過ぎ去っていった。光の周りには、彼を慕う女たちの怨嗟と、彼を妬む男たちの嘲笑が、澱のように積み重なっていった。しかし、彼はそのすべてを、一首の和歌の余白に押し込み、ただ、静かに微笑んでいた。
その微笑は、破滅を予見した預言者のそれであり、同時に、自分の人生という喜劇に飽き果てた観客のそれであった。
ついに、審判の時が訪れた。彼が最も愛し、最も憎み、そして最も恐れた「母なる面影」を抱く女性が、自らの罪を清算するために出家を遂げたのである。彼女が髪を下ろした瞬間、光が築き上げてきた「愛の神話」は、音を立てて崩れ去った。
彼は、彼女がいた部屋に残された、冷たくなった香炉を見つめた。そこには、かつて自分が吐いた甘い嘘の残骸が、灰となって横たわっていた。
彼は、自分が育て上げたあの少女――今や大人の女性となった彼女――を呼び寄せた。彼女は、光の眼差しを鏡のように映し出し、一言も発さずに彼の前に座った。彼女の瞳の中には、崇拝も愛執もなく、ただ、深淵のような理解だけがあった。
「お前は、私を許すか」と、光は問うた。その声は、初めて、演じられることのない真実の響きを帯びていた。
彼女は、静かに首を振った。
「いいえ。許す必要などございません。あなたは、私に世界の真実を教え、同時に、世界から私を切り離されたのですから。私は今、あなたという神が作った空っぽの楽園で、たった一人の神として君臨しております」
これこそが、光の求めていた「報い」であった。彼は、他者を征服したつもりでいて、実は、自分自身の孤独を増幅させるための道具を精巧に作り続けていただけだったのだ。
彼は、自分がかつて愛した女たちが、自らの死霊や生霊となって、夜な夜な自分の寝所を訪れるのを、一種の贅沢として受け入れてきた。しかし、目の前にいるこの女こそが、最も恐ろしい生霊であった。なぜなら、彼女は彼を恨んでさえいなかったからだ。彼女は、光が自らの知性と感性によって作り上げた、完全なる「虚無の完成形」であった。
数日後、光は都を去る決意をした。行き先は、須磨の浦でもなく、異国の戦場でもない。彼は、自らが綴ってきた物語の「欄外」へと足を踏み出すことにしたのである。
彼は、自分を慕う者たちが捧げる涙や、政敵たちが用意した失脚の罠を、すべて優雅に無視した。彼はただ、一艘の小さな舟に乗り込み、月明かりの下、銀色に輝く海へと漕ぎ出した。
「ところで」と、彼は波間で独りごちた。その口調は、バイロンが詩の末尾に添える、あの唐突で不謹慎な注釈のようであった。
「人々は、この私を『不世出の恋人』として語り継ぐのであろう。だが、真に滑稽なのは、私が一生をかけて愛したのは、自分を愛してくれない女でも、自分を慕う女でもなく、ただ、『自分を愛していると錯覚させてくれる、自分自身の文体』に過ぎなかったということだ」
舟が岸を離れ、都の灯火が遠ざかるにつれ、彼の姿は月光の中に溶けていった。
翌朝、海辺には彼の豪華な装束だけが、抜け殻のように打ち上げられていた。人々は、光の君が天へ昇ったのだ、あるいは、海龍王の元へ召されたのだと騒ぎ立てた。しかし、その衣の裏地に、小さな文字で書き置きがなされていることに気づいた者は少なかった。
そこには、流麗な筆跡で、こう記されていた。
――「作者は死んだ。だが、喜劇はまだ、プロローグに過ぎない。」
都では、彼がいなくなった後も、彼を模倣しようとする若者たちが、同じような恋の駆け引きを繰り返し、同じような憂いに浸り、同じような和歌を詠み続けていた。彼らは、自分が誰かの模倣であることさえ気づかず、自分だけの唯一無二の情熱に酔いしれていた。
これこそが、光がこの世に残した、最も残酷で、最も論理的な復讐であった。彼は、自分という存在を、永遠に解消されない「流行」へと変貌させることで、後の世のすべての人間の感情を、自分の劣化コピーへと貶めたのである。
愛とは、独創的であることを断念した者が陥る、最大の陥穽である。
海は、今日も変わらず、青く、そして冷淡に、あらゆる美しさと醜悪さを飲み込み続けている。光の君という名の幻影は、今もなお、文学という名の墓標の中で、退屈な永遠を、皮肉な微笑とともに過ごしているに違いない。