【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『高瀬舟』(森鴎外) × 『レ・ミゼラブル』(ユーゴー)
その川は、都市の排泄物と絶望を孕んで、重く、濁った鉛色に淀んでいた。
月光すらも拒絶するような濃密な霧が水面を這い、運河の両岸にそびえ立つ煤けた煉瓦造りの倉庫群は、さながら罪人を監視する巨人の列柱のようであった。この水路を行き交うのは、富を運ぶ華やかな商船ではない。深更、人目を忍ぶようにして下流の流刑地へと向かう、一艘の平底船――「収監舟」である。
舟の舳先には、一人の護送官が立っていた。名をサカモトという。彼は法という名の、冷徹で不動の秤を信奉する男であった。その背筋は鉄の芯が入っているかのように直立し、腰に帯びた短剣の鞘が、舟の微かな揺れに合わせて規則的な硬い音を立てていた。サカモトにとって、悪とは社会の歯車を狂わせる摩擦であり、善とはその回転を維持する潤滑油に他ならない。彼の眼裏には、常に厳格な法典の条文が、神聖なる真理として刻まれていた。
舟の中央、粗末な莚の上に端座しているのは、今回の護送対象である囚人、リュウであった。リュウの首には重い鉄の枷が嵌められ、その鎖が動くたびに、夜の静寂を切り裂く不吉な金属音を奏でる。しかし、サカモトを困惑させたのは、その音よりもむしろ、リュウの横顔に漂う不可解な「平穏」であった。
流刑地へ向かう者たちは、通常、二つの人種に大別される。一つは、己の運命を呪い、天を仰いで罵声を放つ獣のような者。もう一つは、恐怖に魂を食い破られ、泥人形のように虚脱した者。だが、リュウはそのどちらでもなかった。彼の瞳は、暗い水面を凝視しながらも、そこには一点の曇りもなく、むしろ長年の渇きを癒した者のような、静謐な充足感さえ湛えていた。
「貴様、何が可笑しい」
サカモトの声は、夜の冷気に研がれて鋭く響いた。リュウはゆっくりと顔を上げ、穏やかな微笑を浮かべた。その微笑は、牢獄の暗闇で育った白い花のように、毒々しくもあり、また神々しくもあった。
「可笑しくはございません、官吏様。ただ、この風が心地よいのです。これほどまでに自由な風を、私は生まれて初めて肌に感じております」
「自由だと? 貴様は鎖に繋がれ、これから光の届かぬ泥沼の島へ送られるのだぞ。そのどこに自由がある」
リュウは、自身の細く汚れた指先を見つめた。
「官吏様。私はこの三十年、社会という名の巨大な監獄の中で、一度も息を継ぐことができませんでした。空腹は影のように私につきまとい、労働は私の骨を削り、良心は常に明日のパンの代償として売却されました。私は、生きるために死んでいたのです。しかし今、私は初めて『義務』から解放されました。法が私からすべてを奪い去ったことで、私はもはや何も失う必要がなくなった。この鉄の枷こそが、私を世俗の重力から解き放つ翼となったのです」
サカモトは鼻で笑った。それは極貧の者が陥る、精神の自己防衛に過ぎないと考えたからだ。
「詭弁だな。貴様の罪状を忘れたわけではあるまい。貴様は、実の弟の喉を剃刀で切り裂いた。慈悲深い法が貴様を死刑ではなく流刑に処したのは、ただの温情に過ぎん。肉親を手にかけた男が、どの口で平穏を語る」
その瞬間、川風が止んだ。重苦しい沈黙が、舟の周囲を包囲する。リュウの瞳から光が消え、代わりに深い、底なしの深淵が口を開けた。
「弟は……、死にたがっておりました」
リュウの声は、もはや風の囁きほどに低かったが、それはサカモトの鼓膜に、焼けた鏝のように押し当てられた。
「弟は病に侵されていました。肺を病み、呼吸をするたびに鋭いガラスの破片を飲み込むような苦痛に、日々苛まれておりました。薬を買う金もなく、私たちは腐った配給のパンを分け合い、ネズミの這い回る屋根裏で、死を待つだけの時間を共有していたのです。弟はある夜、私に懇願しました。『兄さん、僕をこの地獄から連れ出してくれ。出口はもう、そこに見えているんだ』と」
サカモトは黙ってリュウを見据えた。彼の脳内では、法の条文が激しく衝突し合っていた。殺人、尊属殺、不可抗力、緊急避難。しかし、どの言葉も、リュウが語る惨状の重量に耐えうるものではなかった。
「私は剃刀を手に取りました。それは唯一、父から受け継いだ高価な道具でした。私は震える手で、彼の細い首に刃を当てた。弟は微笑んでいました。あれほど安らかな顔を、私は見たことがなかった。刃が皮膚を裂き、温かい血が私の手を濡らしたとき、弟は最期の息を吐きながら言ったのです――『ありがとう』と。官吏様、法はこれを『罪』と呼びます。しかし、あの瞬間の私と弟の間には、神も介入し得ない完璧な『救済』があったのです。私は彼に命を贈った。そして、その対価として、私は自分の魂を地獄へ差し出した。この取引のどこに、法が裁くべき不当があるというのですか」
サカモトは返答に窮した。彼の信じる「秤」が、音を立てて傾き始めていた。リュウという男は、現世的な欲望や恐怖を完全に超越してしまっている。彼は、法が罰として与える「剥奪」を、自ら進んで引き受けることで、法の支配権を無効化していた。もし人間が、不幸の中に幸福を見出し、拘束の中に自由を見出し、死の中に生を見出すならば、統治というシステムは一体何を制御できるというのか。
「……それでも、法は法だ」
サカモトは自分に言い聞かせるように呟いた。
「貴様がどれほど高潔な動機を並べようとも、生命を奪う権利は人にはない。貴様は秩序を破壊したのだ。その代償は、島での永劫の苦役によって支払わねばならん」
「苦役、ですか」
リュウは再び、あの不気味なほど透明な微笑を浮かべた。
「島では、毎日土を掘り、石を運ぶのでしょう。それによって食事が与えられ、雨風を凌ぐ屋根がある。私にとっては、それはあまりに贅沢な報酬です。シャバでは、私はそれらを得るために、毎日誰かを欺き、何かを盗み、己の尊厳を泥にまみれさせねばなりませんでした。島へ行けば、私はただの『番号』になれる。個人の苦悩も、過去の亡霊も、社会的な責任も、すべてが番号という記号の中に溶けて消えていく。私はそこで初めて、純粋な物質として、平穏に朽ち果てることができるのです」
サカモトは戦慄した。この男にとって、刑務所は聖域であり、追放は巡礼であった。社会が「最悪の事態」として用意した装置が、この男にとっては「最高の福音」として機能している。この論理的な逆転。この絶望的なまでの噛み合わせの悪さ。
舟が流刑地の桟橋に近づくにつれ、夜明けの灰色の光が、周囲の風景をぼんやりと浮かび上がらせた。そこは不毛の地であり、絶望が泥炭のように堆積した場所であった。
サカモトは、リュウの手を引いて舟から降ろした。リュウの足取りは軽く、まるで婚礼の儀式に向かう若者のようであった。対照的に、サカモトの足は泥に足を取られ、鉛を仕込まれたかのように重かった。
看守たちに引き渡される直前、リュウは一度だけ振り返り、サカモトの目を見て、丁寧な一礼をした。
「官吏様、道中のお相手、感謝いたします。あなた様のような、法を愛し、真面目に生きるお方が、どうかこれ以上、私のような『幸福な罪人』に心を乱されぬよう、お祈りしております」
リュウの姿は、鉄格子の向こうへと消えていった。
サカモトは一人、空になった舟に残り、朝靄の中で立ち尽くしていた。彼はふと、自分の懐を探った。そこには、一ヶ月の奉公で得られるわずかな給料が、銀貨となって入っていた。昨日までは、この硬貨の重みこそが、彼の誠実な生活の証明であり、社会に対するささやかな勝利の徴であった。
しかし今、その銀貨は、あまりにも醜悪で、呪わしい重荷に感じられた。
リュウは弟を殺し、すべてを失うことで、一切の葛藤から解放された。対して自分は、法を守り、規律を維持し、正当な対価を得ることで、ますます社会という名の精緻な網に絡め取られ、その重圧に喘いでいる。
自由なのは、鎖に繋がれたあの方ではないか。
囚われているのは、銀貨を握りしめ、法を背負って帰路につく、この私の方ではないのか。
サカモトは、懐の銀貨を取り出し、濁った川の流れへと放り投げようとした。だが、彼の指先は、法的な習慣と経済的な恐怖によって、それを固く拒絶した。彼は銀貨を捨てることができなかった。彼は、自分がそのちっぽけな円盤の奴隷であることを、その瞬間、残酷なまでの明晰さで理解した。
空は白々と明け、残酷なまでの日常が始まろうとしていた。
サカモトは、深淵のような沈黙を湛えた川を背に、再び「社会」という名の監獄へと歩き出した。彼の背中には、リュウが残した透明な自由の残り香が、消えない呪いとなっていつまでも纏わりついていた。
法が支配する世界で、唯一救われたのは、法を破った者だけであった。そして、法を愛した者は、その法そのものによって、永遠に魂を窒息させられ続ける。
それが、この灰色の街が導き出した、完璧な論理の帰結であった。