【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『デカメロン』(ボッカッチョ) × 『宇治拾遺物語』(編纂書)
今は昔、京の都が紅蓮の炎と、それに続く名もなき疫癘に飲み込まれ、洛中が骸の山と化した頃のことである。鴨川の流れは濁り、橋の下には行き場を失った亡者が折り重なり、貴賤の別なく命が木の葉のように散りゆく無常の世であった。そんな折、若き公卿の末裔である高彬、老獪な僧侶である明真、そして類稀なる美貌と才智を誇る未亡人の小夜という、数奇な運命に導かれた男女が、東山の奥深くにある荒れ果てた山荘へと逃げ延びた。そこは、かつて風雅を極めた貴族の隠居所であったが、今はただ、死の気配を孕んだ風が竹林を揺らすばかりの孤独な檻であった。
高彬は、フィレンツェの物語に倣い、この停滞した時間をやり過ごすために、互いに「稀有なる知恵と業」にまつわる物語を披露し合うことを提案した。死がすぐ傍らで鎌を研いでいる状況で、言葉だけが唯一の護符になると信じたのである。明真は、数珠を繰りながら、枯れ果てた声で応じた。
「物語とは、仏の説く因果の鎖を言葉という金糸で飾ったものに過ぎませぬ。しかし、その鎖こそが、我らを現世に繋ぎ止める綱となるのであれば、語らぬ理由はありますまい」
初めに語り始めたのは、小夜であった。彼女の語り口は、宇治の里に伝わる古めかしい説話の如き響きを持ちながらも、その内容はボッカッチョが描くような、人間の尽きせぬ欲望と皮肉な知略に満ちていた。
「昔、ある裕福な商人がおりました。彼は、美しい妻がありながら、近隣の若い修道女を密かに慕っておりました。商人は修道女を唆そうと、彼女が信心深いことを利用し、自らを神の使い、或いは天女の化身であると偽り、夜な夜な寝所に忍び込んだのです。彼は、自らの身体に異国の芳香を塗り、金箔を散らした衣を纏い、奇跡を演じてみせました。修道女はそれを盲信し、法悦の中で商人に身を委ね続けました。しかし、商人はある夜、あまりの悦楽に自らを失い、最も肝心な嘘を吐き忘れたのです。彼は、自分が『永遠に死ぬことのない魂』であると豪語していましたが、その夜、寝所に迷い込んだ一匹の蜘蛛に驚き、あまりに人間らしい卑怯な悲鳴を上げ、その拍子に蠟燭を倒してしまいました。炎は瞬く間に彼の偽りの翼を焼き、その正体を暴きました。しかし、驚くべきはその後です。修道女は彼の正体を知ってもなお、それを神の試練であると解釈しました。彼女は『神が、この汚らわしい男の姿を借りて私を試されたのだ』と信じ込み、かえって信仰を深め、男を地下室に監禁し、毎日神の代わりに彼を鞭打つようになったといいます。男は今も、神の身代わりとして、愛した女の手でじわじわと聖なる死へ導かれているのです」
小夜の話が終わると、堂内には冷ややかな沈黙が流れた。高彬は苦笑し、「知恵が仇となる、見事な皮肉だ」と評したが、明真の目は冷徹な光を湛えていた。
「小夜殿、あなたの物語は面白い。しかし、真の恐怖は、知恵が及ばぬ場所、即ち『因果の完結』にあります」
そう言って、明真は自らの話を始めた。それは、ある貧しい男が、道端で拾った古びた銅銭一枚から始まる物語であった。
「その男は、拾った銅銭を元手に、狡猾なまでの機転を利かせて成り上がりました。彼はある時は飢えた犬に骨を売り、ある時は喉の渇いた旅人に泥水を聖水と偽って売りつけました。彼はボッカッチョの描く英雄たちのように、運命の女神の気まぐれを完璧に支配したつもりでいたのです。ついには都で一番の長者となり、金で官位を買い、美しい姫を妻に娶りました。しかし、彼が絶頂に達したその夜、かつて拾った銅銭を落としたという元々の持ち主が、ボロを纏った老人となって現れました。男は笑って、金貨の山を差し出し、『これを受け取って去れ』と言いました。しかし、老人は首を振りました。『私が失ったのは、ただの一文。その一文があなたの全ての始まりであったのなら、その一文が戻る時、全ては元の場所に帰らねばならぬ』と。男がふと手元を見ると、握りしめていた黄金は全て土に変わり、抱いていた妻は枯れ草へと姿を変えていきました。そして、男自身の身体もまた、徐々に冷たい銅の塊へと戻っていったのです。彼の知恵は、運命という巨大な織機が吐き出した、ほんの一瞬の糸屑に過ぎなかった。彼は今、名もなき石碑の一部となり、往来の人々に踏みつけられています」
物語が進むにつれ、山荘の空気は濃密な湿気を帯びてきた。外では降り続く雨の音が、いつしか人の呻き声のように聞こえ始めていた。高彬は立ち上がり、二人の話を締めくくるべく、最後の物語を紡ぎ始めた。その文体は、格調高い公卿の言葉でありながら、内容は人間の最も深淵にある、論理的な狂気を孕んでいた。
「私の話は、現在進行形の物語です」
高彬は静かに、しかし断定的に言った。
「ある三人の男女が、疫病を逃れて山荘に隠れました。彼らは互いに物語を語り合い、自らの理性を誇示し、死を外側に追い出したつもりでいました。彼らの中の一人は、かつて誰もが羨むような叡智を持っていましたが、一つだけ致命的な計算違いをしていました。彼は、この山荘に辿り着く前に、ある古い寺院で不思議な香木を見つけ、それを焚けば病魔から逃れられると信じて持ち込んだのです。その香木は、実は地獄の蓋を封じていた釘であり、それを焚くことは、死者を呼び戻す儀式に他なりませんでした。彼はその事実を知りながら、敢えて焚き続けました。なぜか。彼にとって、生きて退屈な死を待つよりも、物語という虚構の中で、完璧な破滅を迎えることの方が、文学的な完成度が高いと考えたからです」
小夜と明真がハッとして周囲を見回すと、山荘の四隅から立ち昇る煙が、いつの間にか異様な赤紫色に変色していた。
「高彬殿、あなたは何を……」
明真の声が震える。
高彬は優雅に扇を広げ、その扇の骨を一本、無造作に折った。
「お気づきになりませんでしたか。小夜殿の話に出てきた『神の身代わりを鞭打つ女』は、あなたがかつて裏切った貴婦人の末路そのもの。明真殿の話に出てきた『銅の塊となった男』は、あなたが若き日に寺の宝を盗んだ報い。そして、私のこの香木は……。私たちは、物語を語り合っていたのではありません。物語によって、互いの魂を検分し、誰が最も深く汚れているかを競っていたのです。そして今、結論が出ました」
外の雨音が止んだ。その代わりに、何千、何万という足音が近づいてくるのが聞こえる。宇治拾遺物語に記された百鬼夜行の如き、悍ましき異形の群れ。しかし、それらは皆、デカメロンの登場人物たちのような、滑稽で生々しい欲望の顔をしていた。
「この山荘は、救済の場ではありません。地獄の入り口、それも、自らの知恵を誇る者だけが招かれる、最も洗練された刑場なのです。論理的に考えれば、死神から逃れるために知恵を絞れば絞るほど、その知恵の糸は自らの首を絞める縄となる。これが、人間という存在が織り成す唯一の、そして完璧な真実です」
高彬の言葉が終わると同時に、朱色の簾が勢いよく巻き上がり、そこには誰もいなかった。ただ、古びた畳の上に、三つの物語を記した巻物と、冷めきった茶碗が三つ、三角形を描いて置かれているだけだった。
山荘の主が誰であったのか、そしてそこに逃げ込んだとされる三人が実在したのかどうか、それを知る者はいない。ただ、後世に伝わる草子には、こう記されている。
「知恵ある者は言葉に溺れ、信心ある者は業に焼かれ、高貴なる者は自らの矜持という名の毒に伏した。死こそが唯一の公平であり、物語こそが唯一の残酷な鏡である」
東の空が白み始めた頃、京の都を覆っていた霧は晴れていたが、そこに住む人々は皆、昨日までとは異なる、どこか空虚で物語的な、不確かな存在へと成り果てていた。完璧な論理の帰結として、世界はその実在性を失い、ただの「語り」へと堕したのである。