【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『走れメロス』(太宰治) × 『異邦人』(カミュ)
タロスの街は、石と砂と太陽でできていた。王アルギロスが玉座に就いてから、人々は感情をひそめるようになった。彼の治世は、秩序と称される無関心の重圧によって維持されていた。感情は混沌であり、混沌は即ち裏切りであると、アルギロスは信じていた。ゆえに、街角で時折行われる処刑も、誰かの裏切りが発覚したという事務的な報告の後に、淡々と、感情を伴わない動作として執行された。人々はそれを見ても、表情を変えなかった。ただ、太陽が容赦なく石畳を焼く午後の出来事として、その記憶に刻まれるだけだった。
ある日、カリスは街の広場でその処刑を見た。罪状は、他人の悲しみに寄り添ったこと。そんなものだった。王の法は、個人の感情を公共の秩序を乱す毒と見なした。処刑される男の顔には、恐怖よりも困惑が浮かんでいた。カリスは、特に怒りを感じたわけではない。ただ、その光景が、不快なずれのように感じられた。彼は一歩前へ出た。その行動には、熱烈な正義感や、友愛の情といったものは含まれていなかった。ただ、不快なずれを修正したいという、漠然とした観念的な衝動がそこにあっただけだった。
「何用だ、旅人」アルギロスの声は、澄んだ氷のようだった。
カリスは答えた。「この男の行為は、誰かを傷つけたのか。裏切ったのか。」
「感情は、それ自体が裏切りを生む土壌だ。他者の感情に触れること、それ自体が罪だ」王は淡々と述べた。
「では、人は互いに無関心であれと?」
「それが、最も完全な秩序だ。お前も、いずれは感情の泥濘に沈むだろう。人間は、裏切りでできている。」
カリスは、自分が王と議論しているという実感すらなかった。言葉の応酬は、ただの音のやり取りだった。彼は、自身の漠然とした不快感を言葉にしようとした。「人は、互いを信じることができるはずだ。」
アルギロスは、その言葉に微かに眉を上げた。それは、嘲笑に近い表情だった。「信じる?その言葉は、既に腐敗の兆候だ。お前には信じる者がいるのか。見せてみろ。お前の、その脆い信頼とやらを。」
王は、カリスに三日間の猶予を与えた。カリスの故郷は、このタロスの街から西へ、灼熱の砂漠と岩山を越えた先、徒歩で二日を要する地にあった。そこに、カリスには友がいた。ゼノンという名の、朴訥な農夫だ。カリスはゼノンを人質として差し出し、三日以内に戻らなければ、ゼノンが処刑されるという誓約を交わした。王は言った。「三日後、お前が戻らねば、人間への信頼は永遠に虚偽として確定する。そして、お前が戻ったとしても、私がお前たちの行為にどのような意味を見出すか、それは定かではない。」
カリスは誓約書に署名した。署名する指先に、特別な感情は湧かなかった。ただ、ペンが紙に触れる感触があった。ゼノンが人質として連行されるのを見送ったが、彼もまた、不安や悲しみを表明しなかった。全ては、起こるべくして起こる出来事の一部であるかのように。
タロスの街を出たカリスを、容赦ない太陽が迎えた。空は、燃えるような青だった。地平線は揺らめき、砂塵が風に舞う。カリスは走り始めた。彼の足は、最初のうちは軽快だった。だが、重力と距離と時間が、次第にその足に鉛の重さを与えていった。
疲労は、客観的な事実だった。筋肉の繊維が、微細な損傷を報告する。喉は乾ききり、砂を噛んでいるようだった。水筒の水は、たちまち熱を帯び、生ぬるい甘みの中に土の味が混じっていた。彼は走った。なぜ走るのか。ゼノンを救うため。それは、漠然とした答えだった。救うべき「ゼノン」という存在も、カリスの意識の中では、抽象的な「誓約の対象」へと還元されていった。
第一の夜、彼は岩陰で休んだ。星々は、タロスの街の上で見たそれと全く同じ光を放っていた。宇宙は広大で、彼の奔走など、取るに足らぬ小さな出来事のように思えた。彼は夢を見た。夢の中でも、彼はただ走っていた。終わりのない道、しかし明確な目的地はなかった。
翌日、彼は砂漠を横切る盗賊の一団に出会った。彼らはカリスの貴重品を奪い、彼を叩きのめした。カリスは地面に倒れた。顔面に泥と血が混じり、視界が歪んだ。痛みは、身体の各所から送られてくる信号の集合体だった。彼は、盗賊への怒りを感じなかった。ただ、彼の時間が、彼の身体が、不快な形で妨害されたという事実があった。彼は再び立ち上がり、走った。足を引きずる度に、筋肉が軋む。その軋みも、彼の身体が発する一つの音として認識された。
夜が来た。彼は川にたどり着いた。増水した川は、泥と木の枝を巻き込みながら、荒れ狂っていた。対岸へ渡る術はない。カリスは、その事実をただ受け止めた。彼は感情を揺さぶられることなく、数時間、川岸で立ち往生した。夜空の下、川の流れは変わらず激しかった。その川を前に、彼は自分の無力さを感じたわけではない。ただ、自然の法則が、彼の進行を一時的に停止させている、という事実があった。やがて、夜明けとともに水量が僅かに減り、彼は決死の覚悟で川を渡った。激流に体を叩きつけられ、岩に打ち付けられた。冷たい水は、身体の感覚を麻痺させた。
三日目の太陽が昇った。カリスの身体は、限界を超えていた。意識は朦朧とし、幻影が見える。しかし、彼の足はまだ動いた。それは、もはや彼自身の意志とは切り離された、別の存在のように思えた。走るという行為が、彼を構成する新たな本能となったかのようだった。喉の渇きが猛烈な苦痛を伴ったが、彼はもはや水を求めることすら考えなかった。彼は、ただ、前へと進む。太陽は、彼の頭上で絶えず、その熱線を浴びせ続ける。
タロスの街が見えてきた。石造りの家々が、蜃気楼のように揺れていた。彼は、街の門へと向かう。残された時間は、わずかだった。彼の心臓は、警鐘のように打ち鳴らされていた。肺は焼け付くようだった。しかし、その苦痛の中にも、明確な目的意識はなかった。彼は、ただ、走っていた。義務として、そして、身体がそう命じているかのように。
広場には、大勢の群衆が集まっていた。中央には、処刑台。その上には、ゼノンが立っていた。カリスは、ゼノンの顔を見ても、安堵や、罪悪感や、深い友情といったものを感じることはできなかった。ただ、彼の目が、遠くを見つめている、という事実があった。
カリスは、門をくぐり、広場へと駆け込んだ。彼の最後の数歩は、地面を這うようなものだった。そして、彼は処刑台の直前で、倒れた。同時に、広場に設置された大きな水時計の砂が、全て落ちきった。
群衆は、一瞬静まり返った。その後、低いざわめきが広がった。カリスは、地面に横たわり、空を見上げた。眩しい。ただ、ひたすらに、眩しい。
アルギロス王が、玉座から立ち上がった。彼の声は、乾いた空気によく響いた。「誓約は守られた。人間への信頼は、かろうじて保たれたか。」
だが、その時、処刑台のゼノンが、ぐらりとよろめいた。そして、音もなく、その場に倒れ込んだ。
群衆から、再びざわめきが起こった。今度は、先ほどとは違う、困惑と混乱のざわめきだ。
王の側近の一人が、処刑台へと駆け上がった。彼はゼノンの脈を取り、顔をしかめた。「王よ、既に…」
カリスは、遠くで起こっている出来事を、ぼんやりと見ていた。ゼノンが倒れた。そして、側近が、何か言った。それは、彼にとって、彼の身体から離れて起こっている、別の出来事だった。彼は、その倒れた友を見て、悲しみを感じたわけではなかった。ただ、彼の奔走が、何らかの終わりを迎えた、という事実だけが、漠然とそこにあった。
王の言葉が、広場に響いた。「報告せよ。」
「王よ、ゼノンは…数分前に、心臓発作で亡くなりました。処刑の準備中、既に息を引き取っていた模様です。」側近の声は、動揺していた。
「なるほど」アルギロス王は、無表情に呟いた。「間に合ったか。しかし、死は既にそこにあった。」
彼は、カリスに目を向けた。その視線に、憐憫も、憤りも、勝利の感情もなかった。ただ、事実を認識するような冷徹さがあった。「お前は、間に合った。だが、お前の友は、お前が来る前に、死んでいた。何の意味があった、お前の奔走に。」
カリスは、答えなかった。彼は、なぜ自分が走ったのか、その理由すらも、この瞬間、朧げになっていた。ゼノンを救う。それは、彼が設定した、あるいは社会が設定した、一つの目標だった。しかし、その目標は、達成される以前に、別の不条理な事実にによって無意味化された。
アルギロスは、広場を見渡した。群衆は、茫然として立ち尽くしていた。誰も、この出来事の持つ意味を掴みかねているようだった。カリスの英雄的な行動は、不条理な偶然によって、その輝きを失った。友情の物語は、虚空に消え去った。
王は、再び玉座に座り、傍らの従者に声をかけた。「次の処刑は、予定通りに。時間は厳守せよ。死は、いかなる場合も、事務的に執行されなければならぬ。それが、秩序というものだ。」
カリスは、地面に横たわったまま、何も感じていなかった。ただ、太陽が、相変わらず容赦なく、彼の顔を照りつけていた。彼の奔走は、終わった。彼は、間に合った。そして、彼の友は、死んでいた。全ては、起こるべくして、あるいは起こるべくなく、ただ起こったのだ。彼の走りが、何を変えたのか。何も変わらなかった。世界は、変わらず乾ききり、感情は忌避され、不条理は、常にそこにあった。