【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『白痴』(ドストエフスキー) × 『白痴』(坂口安吾)
焼失した街の空は、肺病病みの吐瀉物のような色をしていた。煤煙と湿った雪が混じり合い、瓦礫の隙間にうずくまる人々を無慈悲に塗りつぶしていく。その廃墟の心臓部、かつては貴族の邸宅であったろう傾いた洋館の地下室に、男はいた。男の名は伊沢といったが、近隣の生存者たちは彼を「公爵」と呼び、あるいは蔑みを込めて「白痴」と呼んだ。彼はかつて異国で精神の「極北」を彷徨い、戻ってきたときには、あまりに澄明すぎて使い物にならない魂を抱えていた。
伊沢の隣には、物言わぬ女が座っていた。彼女は近所の白痴の女で、空襲の夜に逃げ遅れたところを伊沢が拾い上げたのだ。女は肥肉に埋もれた虚ろな瞳で、ただ目の前の闇を凝視している。彼女には過去もなく、未来もなく、ただ「空腹」と「恐怖」という剥き出しの生理現象だけがあった。伊沢はこの女の中に、かつてドストエフスキーが描いた悲劇の聖女の成れの果てを見ていた。あるいは、坂口安吾が肯定した「堕落」の究極の形を見ていたのかもしれない。
「ねえ、君。世界がこうも美しく壊れていくというのに、君の瞳には火花の一片も映らないのか」
伊沢は、ひび割れた銀のティーカップに泥水を注ぎ、女に差し出した。女は獣のような手つきでそれを受け取り、喉を鳴らして飲み干す。伊沢は笑った。それは慈愛に満ちた、しかし同時に救いようのない絶望を孕んだ笑みだった。彼の脳裏には、発作の直前に訪れるあの「至高の調和」の瞬間が、今まさに予兆として震えていた。思考が透明な針となって、宇宙の真理を刺し貫こうとする感覚。
地上では、文明の残骸を奪い合う醜悪な喧騒が続いていた。人々は、かつて神だの正義だのと呼び習わしていた概念を、今や一斤のパンと交換するために泥にまみれさせている。伊沢はその光景を憎んではいなかった。むしろ、その徹底的な無価値さに、形容しがたい崇高さを感じていた。人間が、その虚飾を剥ぎ取られ、ただ生きるという呪いだけを背負ったとき、初めて真の「純潔」が姿を現すのではないか。
「あの方たちは、僕を憐れんでいる」
伊沢は、薄暗い天井を見上げて呟いた。
「僕がこの女を抱えて、泥濘の中で溺れていると思っている。だが、違うんだ。救済とは、引き上げることではない。共に沈み、底の泥を慈しむことだ。ナスターシャの情熱も、この女の空腹も、等しく宇宙の欠落に過ぎない」
不意に、地響きとともに爆圧が地下室を揺らした。土砂が降り注ぎ、女が怯えて伊沢の袖に縋りついた。彼女の肌からは、不潔な垢と獣臭い体臭が立ち上る。しかし、伊沢はその臭気の中に、最も芳醇な香水の香りよりも鋭い「実存」を嗅ぎ取った。彼は女を抱き寄せ、その脂ぎった頬に手を添えた。
その瞬間、伊沢の視界が白濁した。発作だ。脳内の電気信号が暴走し、時間は静止し、空間は無限の広がりを見せる。彼は見た。燃え盛るペテルブルグの幻想と、焼夷弾に焼かれる新宿の路地裏が、一点で交差するのを。そこにはムィシュキン公爵の哀しげな微笑みと、安吾が夢想した「ふるさと」としての地獄が共存していた。
「ああ、なんて論理的なんだ」
伊沢の口から、泡混じりの言葉が漏れる。
「善も悪も、美も醜も、この炎の前ではただの燃料に過ぎない。僕たちが白痴であるのは、この完璧な無意味を、あまりに正しく理解してしまったからだ」
数時間後、救助隊が地下室の扉をこじ開けたとき、彼らが見たのは奇妙な光景だった。崩落した天井の下で、伊沢は女を抱いたまま、凍りついたような静寂の中で息絶えていた。女は、伊沢の冷たくなった遺体の傍らで、彼が持っていた古い銀の匙を無心に弄んでいる。
人々は囁き合った。
「やっぱり白痴だったんだ。こんな場所で、女と一緒に死ぬなんて」
「もっと早く逃げ出せば助かったものを。論理の欠片もない連中だ」
しかし、女だけは知っていた。伊沢が最期に見せた、あの恍惚とした表情を。それは、あらゆる救済を拒絶し、この世の最果ての地獄を「聖域」へと変質させた者だけが到達できる、冷徹なまでの勝利の顔であった。
外では、新しい時代が始まろうとしていた。瓦礫の上に、狡猾な者たちが新しい秩序を築き、再び「意味」と「道徳」という名の檻を作り上げようとしていた。伊沢の死体は、ゴミのように処理場へと運ばれていった。しかし、彼がその魂と引き換えに証明した「完璧な堕落」の論理は、誰にも暴かれることなく、灰に埋もれたまま静かに脈打っている。
女は、伊沢の形見となった銀の匙を泥の中に放り捨てた。それはもはや、ただの金属の塊ですらなかった。彼女は立ち上がり、ふらふらとした足取りで、まだ煙の上がる荒野へと歩き出した。彼女の背中は、何一つ理解していないようでいて、同時にこの世界の全貌を嘲笑っているかのようにも見えた。
空は、どこまでも澄み渡り、冷酷なまでに青かった。そこには神も、慈悲も、物語も存在しなかった。ただ、生温かい風が、死者たちの夢を等しくかき消していくばかりだった。