リミックス

緋色の契状、あるいは腐敗する永劫について

2026年1月26日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

隠坊堀の泥水は、月の光さえも拒絶する重油のような暗黒を湛えていた。その水面に揺れるのは、捨てられた端切れか、あるいは誰かの未練が形を成した澱みか。民谷伊右衛門は、湿った長屋の縁側に腰を下ろし、手にした硝子瓶を凝視していた。瓶の中には、およそこの日ノ本の風土にはそぐわない、粘稠で深い紅色の液体が揺れている。それは遠い異国、霧に包まれたカルパチアの山嶺から、異形の商人の船に乗って運ばれてきたという「聖なる欠片」――あるいは「不浄の血」であった。

傍らでは、妻のお岩が絶え間ない咳を漏らしている。かつての美貌は、産後の肥立ちの悪さと、日々の貧困という緩慢な毒によって、蝋細工のように崩れかけていた。伊右衛門の胸に宿るのは、憐憫ではない。それは、武士という皮を剥がされ、浪人という名の土くれに堕した己の境遇に対する、冷徹なまでの憤怒であった。

「これを飲めば、お前の苦しみは消える」

伊右衛門の声は、墓所を渡る風のように乾いていた。お岩は、濁った瞳を夫に向け、震える手でその瓶を受け取った。彼女は知る由もなかった。その液体が、細胞のひとつひとつを永劫の渇きで呪縛し、死という救済を永遠に剥奪する契約書であることを。

薬を煽ったお岩の肌に、異変が生じるのは早かった。皮膚は青白く透き通り、その下を流れる静脈が、まるで這い回る百足のように黒ずんで浮き上がる。彼女の嘆きは、次第に獣の唸りへと変貌していった。だが、最も残酷な変容は、その貌であった。注入された異国の生命力は、彼女の衰弱した肉体と激しく反発し、右の眼窩を醜く膨れ上がらせ、頬をただれさせ、髪をひと房ずつ根元から腐らせていった。それは、鶴屋南北が描いた怨嗟の形でありながら、ブラム・ストーカーが記した夜の眷属の、なり損ないの姿でもあった。

伊右衛門は、その醜怪な変貌を冷徹に観察していた。彼の目的は妻の救済などではない。お岩を、死ぬことさえ許されない「観察対象」に据え、その変容の果てにある「不老不死」の論理を簒奪すること。それこそが、彼が異国の伯爵の影と交わした密約であった。

「伊右衛門様……喉が、喉が熱うございます。水ではなく……もっと、濃いものを……」

お岩の指先が、剃刀のような鋭さを帯びて、伊右衛門の喉元を掠める。その瞬間、伊右衛門は確信した。恐怖ではなく、狂おしいほどの達成感を。この女は、もう人間ではない。かといって、完全に夜の住人にもなれていない。生と死の境界線上で腐敗し続ける、永遠の亡霊となったのだ。

数日後、伊右衛門は伊藤喜兵衛の孫娘、お梅との祝言を進めていた。それは、武家としての再興を確実にするための、計算し尽くされた裏切りであった。彼は、廃人同然となったお岩を、戸板に釘で打ち付け、隠坊堀の泥の中へと沈めた。重い石が、彼女の呻きと共に水底へと消えていく。

「これで、過去は埋まった」

伊右衛門は自らに言い聞かせ、婚礼の席へと向かった。しかし、彼が手にした「勝利」の論理には、致命的な欠陥があった。異国の吸血鬼の伝承において、血を分け与えられた者は、主人の意志に抗うことはできない。だが、日ノ本の怨霊の法においては、裏切られた者の執念は、論理をも超越して因果を書き換える。

婚礼の夜、お梅の隣に座った伊右衛門が目にしたのは、愛らしい乙女の顔ではなかった。
薄暗い燭台の影で、お梅の顔が、ゆっくりと反転する。皮が剥がれ、右目が垂れ下がり、抜けたはずの黒髪が口の中から溢れ出す。それは、隠坊堀に沈めたはずのお岩の貌であった。

「伊右衛門様……お懐かしゅうございます。この血、冷たくて、とても美味しいのですよ」

驚愕して刀を抜いた伊右衛門が斬り捨てたのは、お梅の首ではなかった。彼が斬ったのは、自分自身の「未来」という概念そのものであった。斬り飛ばされた首は、宙を舞いながら笑い、再びお梅の肩に吸い付く。吸血鬼の驚異的な再生能力と、怨霊の不滅の執念が融合した、論理の怪物がそこにいた。

伊右衛門は逃げ出した。しかし、どこへ逃げようとも、月光が差し込む場所には、必ずあの貌が浮かび上がる。鏡を見れば己の顔がお岩になり、水を飲もうとすれば器の底から彼女の手が伸びる。

ここで、残酷な論理の帰結が訪れる。
吸血鬼を滅ぼすには、心臓に杭を打ち込み、首を撥ねる必要がある。しかし、お岩はすでに怨霊であり、実体を持たない影でもある。そして、彼女の肉体は異国の血によって、死を拒絶する特異点と化している。

伊右衛門は、究極の皮肉を理解した。彼は永遠の命を求めていた。そして、その願いは最悪の形で成就したのだ。彼は、死ぬことができないお岩に、永遠に呪われ続ける。彼自身もまた、お岩の血を密かに摂取し続けていたがゆえに、自ら命を絶つことさえ叶わない。

朝日は昇り、また沈む。
伊右衛門は、朽ち果てることのない肉体を抱え、精神だけが摩耗していく地獄の循環に放り込まれた。彼は、お岩を打ち付けたあの戸板を背負い、誰もいない荒れ果てた長屋で、永遠に彼女の髪を梳き続ける。

「伊右衛門様、もっと深く、契りましょう」

お岩の、ただれた唇が彼の耳元で囁く。
それは、西洋のロマンティシズムが東洋のニヒリズムに敗北し、その骸から産み落とされた、論理的に完璧な地獄の風景であった。救済としての死を奪われた男に、ただひとつ残されたのは、腐敗し続ける妻の貌を愛で続けるという、終わりのない刑罰だけであった。