リミックス

緋色の遠近法

2026年1月11日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 汽笛が夜の静寂を切り裂き、鉄の巨塊が凍てつく湿原を這い進んでいく。窓外には、ハンガリーの荒野を思わせる果てしない闇と、時折通り過ぎる裸の灌木の影が、まるで執拗な追跡者のように流れては消えた。三等客車の隅で、私は外套の襟を立て、持ち込んだ手記の束を整理しようとしていたが、指先は凍え、思考は霧のように拡散するばかりであった。その時、向かいの座席に一人の男が座っていることに気づいた。いつの間に乗り込んできたのか、その存在はあまりに希薄で、まるで影そのものが実体化したかのようであった。

 男は膝の上に、古びた風呂敷に包まれた大きな矩形の物体を恭しく抱えていた。その指は驚くほど長く、爪は不自然なほどに尖っている。彼は私の視線に気づくと、青白い顔をゆっくりと上げ、その深淵のような瞳に奇妙な諧謔の色を浮かべた。
「この夜汽車の揺れは、まるで棺を運ぶ馬車のようだとは思いませんか」
 男の声は、墓所の土を掻くような乾いた響きを持っていた。私は曖昧な会釈を返したが、男の視線はすでに、彼が抱える「それ」へと注がれていた。
「貴殿は、三次元という不完全な監獄に飽き足らぬと思ったことはありませんか。肉体は朽ち、血は涸れ、時間は容赦なく魂を削り取っていく。しかし、もしこの世界のすべてを、永遠に劣化せぬ一枚の布地へと、極彩色の『押絵』へと封じ込めることができたなら、それは救済と呼べるのではないか」

 男は細い指で風呂敷を解いた。中から現れたのは、精緻を極めた押絵の額装であった。そこには、月光の滴る古城のバルコニーを背景に、一人の貴族風の男と、その腕の中で項を曝け出す美しい女が描かれていた。だが、それは単なる工芸品の域を遥かに凌駕していた。絹地を重ね、繻子を盛り上げ、細密な糸で綴られたその情景は、異常なまでの立体感を持ち、見る者の視神経を直接侵食してくる。驚くべきは、その「質感」であった。女の白い肌からは微かな体温が立ち上っているように見え、男の纏う黒いマントの裏地には、凝固しかけた血液のような湿った光沢が宿っている。

「私の主、ヴォルデマール伯爵です」と男は囁いた。「彼はかつて、カルパチアの山奥で永遠を求めた。しかし、太陽を呪い、土に縛られる生活は、あまりに不自由で、あまりに不潔であった。そこで彼は、東洋から招いたある奇妙な職人の知恵を借りることにしたのです。肉体を捨て、色褪せぬ絹と綿の積層の中に、その全存在を転写するという禁忌の術を」

 私は、その押絵の貴族の瞳を見つめた。そこには、描かれたものには宿り得ないはずの、冷徹な理知と飢餓が潜んでいた。よく見れば、押絵の中の貴族の口元には、真珠のような牙が覗き、その先には本物の、いや、本物以上に生々しい「紅」が一点、滲んでいた。
「信じられぬことに」と私は震える声で言った。「この絵の中の人物は、生きているように見える。いや、呼吸さえしているかのようだ」
「ええ、呼吸していますとも」男は不気味に微笑んだ。「ただし、この平面的世界において生命を維持するには、この外界からの『供給』が必要なのです。貴殿は知っていますか。押絵とは、ただ布を貼り合わせる作業ではない。それは、三次元の奥行きを二次元の純粋性へと『圧縮』する行為。その過程で溢れ出した過剰な生命力は、どこへ向かうべきか」

 男は懐から、一対の古びた双眼鏡を取り出した。レンズは曇り、どこか不吉な歪みを持っている。
「これを通してみなさい。遠近法という名の欺瞞が、真実の姿を現すはずだ」
 私は抗いがたい誘惑に駆られ、その双眼鏡を覗き込んだ。視界が急速に狭まり、焦点が押絵の貴族の瞳へと収束していく。すると、どうだろう。視界の端から現実の風景が剥落し、私はあの冷たい石造りのバルコニーに立っていた。足元には濡れた苔の匂い。鼻腔を突くのは、古いワインと鉄錆の混じったような、むせ返るような香気。

 目の前の貴族が、ゆっくりと首を巡らせた。彼の輪郭は、確かに絹の重なりで構成されているはずなのに、その動きは滑らかで、かつて知るどの人間よりも優雅であった。彼は私の首筋を見つめ、慈しむように手を伸ばした。その指先が触れた瞬間、私は理解した。これは死ではない。次元の位相をずらしただけの、より高度な捕食活動なのだ。
「ようこそ」と、私の脳内に直接、重厚な声が響いた。「ここは時間が静止した極楽だ。君のその瑞々しい『奥行き』を、私の背景の、この空虚な夜空へと捧げてはくれないか」

 私は悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。私の身体は、急速に薄っぺらな何物かへと変質していく感覚に襲われた。骨が折れ、内臓が潰れ、肉が薄い膜となって、額縁の中の宇宙へと吸い込まれていく。双眼鏡を覗いているはずの私の背後で、あの男の笑い声が聞こえた。
「素晴らしい。これで伯爵のマントに、また新しい影が一つ加わる。あなたの意識は永遠に、この色彩豊かな地獄の中で、剥製となって生き続けるのです」

 気づけば、私は汽車の座席に座っていた。全身に激痛が走り、鏡代わりに窓硝子を覗き込むと、そこには驚くべき光景があった。私の顔は、まるですり減った版画のように平坦になり、色彩は鮮明ながらも、もはやそこには生物としての厚みなど微塵も残っていなかった。私の存在そのものが、現実というキャンバスから浮き上がった「押し花」のような存在へと成り果てていた。

 目の前の男は、満足げに風呂敷を包み直していた。だが、その動作には先ほどまでの敬虔さはない。彼は軽々と額縁を抱え、次の停車駅で降りる準備を始めた。
「おや、そんな悲しそうな顔をしないでください」男はドアの影から振り返った。「あなたはこれから、ロンドンの社交界を巡り、パリの裏通りを旅するのです。私の小脇に抱えられてね。あ、言い忘れましたが。あなたのその残された意識が、一枚の布として完全に乾ききるまで、あと数百年はかかるでしょう。その間、伯爵が空腹を覚えるたびに、あなたの色彩は少しずつ吸い取られていく。究極の芸術とは、常に犠牲を伴うものなのですから」

 列車が速度を落とし、深い霧に包まれた駅へと滑り込む。男は軽やかな足取りでプラットホームへと消えていった。
 私は動けぬ手足、いや、描かれた手足を見つめた。私の横には、かつて私であったはずの、中身を抜き取られた抜け殻のような死体が、三次元の無残な残骸として座席に崩れ落ちている。車掌が回ってきても、彼はその死体にしか気づかないだろう。額縁の中に閉じ込められた私は、今や誰の目にも止まらぬ、ただの「美しい装飾」の一部なのだから。

 不意に、私の隣に座るヴォルデマール伯爵が、親愛の情を込めて私の肩に手を置いた。その手は冷たく、そして恐ろしく重い。私は、永遠に続くこの色彩の牢獄の中で、窓の外を流れる本物の、しかしひどく退屈で醜悪な「現実」の景色を、羨望とともに眺め続けることになった。
 皮肉なことに、私の視力は今、かつてないほどに研ぎ澄まされていた。二次元の住人となった私は、世界のあらゆる凹凸を、あらゆる虚飾を、完璧な平坦さとして見通すことができる。汽車の窓硝子に映る月が、本物の月よりも美しく、そして残酷なまでに嘘臭いことに、私は初めて気づいたのである。