リミックス

縹渺たる繭の庭

2026年1月22日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 その屋敷は、湿った霧の肺の中に閉じ込められた巨獣の骸のように、北の荒野に沈殿していた。漆黒の瓦は濡れた鴉の羽を思わせ、絶え間なく降り注ぐ霧雨は、建物の輪郭を曖昧な記憶へと変貌させていた。少女、瑠璃がこの広大な沈黙へと放り込まれたのは、両親を異国の熱病で失い、血の繋がりの希薄な叔父の庇護を求めてのことだった。
 瑠璃は、当時の高貴な淑女たちが美徳としたあらゆる装飾を拒絶していた。眉を抜き、青黛で描くことをせず、歯を黒く染めるための五倍子粉も、彼女の白い歯を汚すことはなかった。彼女が愛したのは、整えられた庭園に咲く移ろいやすい花々ではなく、その根元で蠢く、湿り気を帯びた生命の根源であった。
「毛虫こそが、真実の姿なのです。蝶という虚飾に辿り着く前の、あのおぞましくも誠実な食欲と、波打つ肢体の律動。それこそが、命の重さというものでしょう」
 瑠璃は、叔父の屋敷の奥深く、重厚な帳の向こう側で、絶えず咳き込む声を聞いた。それは叔父の息子であり、この家の正当な後継者とされる少年、各務の立てる音であった。各務は脊髄に病を抱え、日光を呪い、ただ死を待つための繭の中で、絹の夜着に包まれて横たわっていた。
 屋敷の召使いたちは、この病める主を「枯れ木の若君」と呼び、腫れ物に触れるように扱っていた。彼が命じるのは、窓を閉ざすことと、香を焚き染めることだけだった。しかし瑠璃は、その人工的な静寂を、一匹の甲虫が硬い翅を震わせるような無遠慮さで踏み越えていった。

 ある日、瑠璃は屋敷の裏手、蔦に覆われ、十年の歳月をかけて封印された「秘密の空間」を見つけた。錆びついた鍵を開け、彼女が足を踏み入れたのは、かつての叔母が愛したというバラ園の跡地だった。しかし、そこには華やかな色彩など一片も残っていなかった。
 放置された庭は、腐植土と苔、そして膨大な数の蟲たちが支配する、湿潤な聖域へと変貌を遂げていた。枯れ果てたバラの枝には、見たこともないほど巨大な蛾の繭が重なり合い、地面では甲虫たちが倒木を噛み砕く、微細な咀嚼音が音楽のように響いている。
 瑠璃は歓喜した。ここには、人間が押し付けた「美」の論理が存在しない。あるのは、ただ捕食し、変態し、土へと還るという、冷徹で完璧な循環の論理だけだった。
「若君、あなたに見せたいものがあります。そこには、あなたが恐れている死など存在しません。ただ、終わりのない変貌があるだけです」
 瑠璃は各務の寝室へと闖入し、怯える少年を無理やり車椅子へと押し込めた。召使いたちの制止を、氷のような眼差しで一蹴し、彼女は少年をあの「秘密の庭」へと連れ出した。

 霧の晴れ間に差し込んだ鈍色の光が、庭を照らし出した。各務は、眼前で繰り広げられる光景に息を呑んだ。それは彼が教育されてきた、端正な和歌に詠まれるような自然ではなかった。
 巨大な芋虫が、鮮やかな緑色の体躯を波打たせ、一心不乱に葉を食んでいる。その体表面には、宝石よりも精緻な斑紋が刻まれ、節々の動きは機械的なまでに正確だった。蜘蛛の巣には、朝露が真珠のように連なり、獲物の命を絡め取るための完璧な幾何学模様を描いている。
「見てください。この子たちは、自分が醜いとも、死にゆく運命にあるとも嘆きません。ただ、次の形態へと至るための熱量だけを抱えているのです」
 瑠璃は、指先に這わせた一匹の毛虫を、各務の震える手の上に載せた。各務は絶叫しようとしたが、その柔らかな体節が肌に触れた瞬間、奇妙な戦慄が彼の脊髄を駆け抜けた。それは恐怖ではなく、彼が生まれて初めて感じた「生命の質量」だった。
 数ヶ月が過ぎ、各務の身体からは病の影が消えていった。彼は瑠璃と共に、泥に塗れ、這いつくばって蟲を観察することに没頭した。彼の肌は日光に焼かれ、手足には土がこびりついた。かつての端正な貴公子としての面影は失われ、代わりにあらゆる生物を平等に冷徹に見つめる、複眼のような理性が宿り始めた。

 叔父は、息子の回復を奇跡として喜んだ。しかし、彼が庭へ足を踏み入れ、そこで行われている「儀式」を目の当たりにしたとき、その歓喜は戦慄へと変わった。
 各務はもはや、人間としての言葉を解することをやめていた。彼は庭の中央、巨大な繭が群生する下で、瑠璃と共に黙々と土を掘り返し、腐った果実に群がる甲虫たちの動きを模倣していた。
「父上、なぜ驚かれるのですか」
 各務が発した声は、風に揺れる枯れ草の摩擦音のように掠れていた。
「私は、ようやくこの不自由な人間の身体から、解放される方法を見つけたのです。瑠璃が教えてくれました。皮を脱ぎ、肉を溶かし、全く別の何かへと再構築されること。それが、この庭の唯一の真理です」
 叔父が見たのは、各務の背中、かつて病んでいた脊髄に沿って、薄く透明な「翅」のような角質が形成され始めている光景だった。それは病の治癒などではなく、種を超越した、凄惨なまでの変態の予兆であった。

 冬が訪れる前、屋敷の「秘密の庭」は、叔父の手によって焼き払われることが決定した。異端の思想と、人間を逸脱した息子を抹殺するための、論理的帰結であった。
 炎が庭を包み込み、黒煙が天を突いた。召使いたちが恐る恐る灰の中を捜索したが、そこには瑠璃の姿も、各務の死体も残されてはいなかった。ただ、庭の中央にあった最も大きな倒木の影に、二つの巨大な、そして空になった「殻」が転がっていた。
 それは、人間という形を脱ぎ捨てた後に残された、半透明の虚ろな残骸だった。
 屋敷はその後、荒野の霧に完全に飲み込まれ、忘れ去られた。ただ、近隣の村人たちは、秋の夜長に奇妙な羽音が響くのを耳にするようになった。それは、鳥よりも重く、獣よりも鋭い。
 そして、その羽音を聞いた者たちの庭では、決まって翌朝、最も美しく整えられた花々だけが、無慈悲なまでの食欲によって、根こそぎ食い尽くされているのである。
 かつて愛された「秘密の花園」は、今や誰にも見えない空の上で、終わりのない捕食と変態を繰り返す、不可視の軍勢の領土へと昇華されたのだ。それは、美という概念を完膚なきまでに解体した末に辿り着いた、最も純粋で、最も残酷な「救済」の姿であった。