リミックス

自由という名の検屍報告

2026年1月8日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 セイヴァル河の濁流が、煤煙に汚れた帝都の岸辺を洗う音が聞こえる。私は今、帰国を目前に控えた一等客室の机に座り、この数年間の「汚辱」を整理している。私の胸中を占めるのは、故国への郷愁でも、官僚としての輝かしい前途への期待でもない。ただ、冷徹な法理の向こう側に置き去りにしてきた、一人の女の心臓の鼓動だけが、この重厚な絨毯の下から響いてくるような錯覚に囚われているのだ。

 思えば、私がこの西欧の古都に降り立ったのは、東洋の小国が近代化という名の脱皮を遂げるための、鋭利な「メス」としての使命を帯びてのことだった。法学、とりわけ国家統治の根幹を成す刑法体系の研究。それが私のすべてであった。私は自らを、個人の感情を排した純粋な理性の器であると信じていた。あの日、霧に包まれた裏通りの安酒場「朱い月」の扉を叩くまでは。

 彼女――カルラは、そこにいた。周囲の酔客たちが発する腐臭や喧騒の中で、彼女だけが異質な静寂を纏っていた。いや、それは静寂ではなく、爆発を予感させる真空地帯であったのかもしれない。彼女はジプシーの血を引き、昼は煙草工場で働き、夜は舞台で名もなき情熱を切り売りする踊り子であった。彼女が髪に挿した真紅の夾竹桃は、まるで法典の白黒の世界しか知らぬ私の視神経を焼き切るような毒々しさを放っていた。

 「旦那、私の運勢を法典で占ってくれるの?」

 彼女の嘲笑は、私が築き上げてきた論理の城壁を、あまりにも容易く崩し去った。私は彼女の奔放な生活、法の外側で呼吸するその野蛮な美しさに、学術的興味という名の卑怯な言い訳を用意しながら近づいていった。それは、理性という名の檻の中に、野生の猛禽を閉じ込めようとする傲慢な試みであった。

 私は彼女を「教育」しようとした。彼女の乱れた語彙を矯正し、その衝動的な行動を因果関係の鎖で繋ぎ止め、私の隣にいても恥ずかしくない「淑女」へと仕立て上げる。それが彼女への救済であり、愛であると信じて疑わなかった。私の友であり、冷徹な現実主義者である相沢は、私にこう忠告した。「君のしていることは、火を氷の箱で飼おうとする行為だ。いずれ箱が溶けるか、火が消えるかのどちらかだ」と。

 だが、私は聞き入れなかった。私はカルラのために公金を横領し、地位を危うくし、ついには彼女を囲い込むための屋根裏部屋を用意した。しかし、彼女は私の用意した絹のドレスを、ナイフで切り裂いて笑った。

 「あんたの愛は、私を剥製にすることでしょう。私は、誰にも所有されないために、この血を流しているのよ」

 彼女の言葉は、私の研究していた「個人の自由」と「社会的秩序」の矛盾を、最も残酷な形で突きつけてきた。私は彼女を愛していたのではない。彼女という制御不能な変数を、私の論理体系の中に屈服させたかっただけなのだ。

 事態が破局に向かったのは、帰国の辞令が届いた朝のことだ。私は彼女に、共に東洋へ行くことを請うた。しかし、それは彼女にとって、死よりも屈辱的な「監獄」への招待でしかなかった。彼女は私を捨て、ならず者の闘牛士と姿を消そうとした。私は彼女を追った。雨に濡れた石畳の上で、私は彼女を問い詰めた。

 「なぜ、私の提供する安寧を拒むのだ。法も秩序も、君を保護するためにあるのだぞ」

 カルラは、泥に汚れた足首を露わにしながら、私に向かって唾を吐いた。
 「保護? そんなものは死人に与えなさい。私は、あんたの正しい世界では息ができないの」

 その瞬間、私の中で何かが断裂した。私が生涯をかけて学んできた「法」とは、人間の予測不可能な魂を、管理可能な数字に置き換えるための残酷な装置ではないか。ならば、彼女が私の論理に従わないのであれば、彼女を「完成」させる方法は一つしかない。

 私は懐から、かつて彼女から取り上げた小さな護身用のナイフを取り出した。それは、彼女の自由の象徴であった。私はそれを、彼女の豊かな胸の、ちょうど鼓動が最も激しい場所へと突き立てた。

 彼女は驚いたような顔はしなかった。むしろ、ようやく私が自分の言語を理解したと言わんばかりの、微かな、そして痛ましいまでの微笑を浮かべて私の腕の中に崩れ落ちた。彼女の血が、私の白いシャツを染めていく。それは、私が法典の余白に書き込んできた、どんな理論よりも鮮烈で、抗いようのない真理であった。

 私は彼女を殺したのではない。彼女の「自由」という概念を、永遠に私の記憶という名の琥珀の中に封印したのだ。変質も、堕落も、裏切りも許されない、完璧な一点として。

 今、私は船室の窓から、遠ざかる異国の街並みを眺めている。私の手元には、一本の精緻な論文がある。それは、未開の民における犯罪心理と、秩序による救済の不可避性を説いた、最高傑作との呼び声高い報告書である。私は、彼女を刺し貫いたその手で、国家の正義を構築するための文字を綴った。

 故国に帰れば、私は高官としての地位を約束されている。私は、カルラという「犠牲」の上に、揺るぎない法の神殿を築くだろう。これこそが、論理が導き出した必然の結末である。私は彼女を愛したゆえに殺し、彼女を殺したゆえに、完璧な法学者となった。

 ふと、船底から響くエンジンの振動が、彼女の心音のように聞こえる。私は静かに目を閉じ、胸ポケットから枯れ果てた夾竹桃の破片を取り出した。それを海へと捨てる。

 皮肉なものだ。私は彼女の自由を奪うことで、私自身の魂をも、永遠に「法」という名の牢獄に繋ぎ止めてしまったのだから。私がこれから作り上げる秩序ある世界は、彼女を殺した血の色で塗られている。国民はそれを正義と呼び、私はそれを永遠の孤独と呼ぶだろう。

 船は動き出した。私は、一滴の涙も流さない。なぜなら、感情とは、法秩序において最も排除されるべき不純物であるからだ。私は、世界で最も正しく、そして世界で最も虚無に近い男として、東の果ての夜明へと向かっていく。