【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『怪人二十面相』(江戸川乱歩) × 『シャーロック・ホームズの冒険』(コナン・ドイル)
帝都の空気は、石炭の煤と湿った霧、そして得体の知れない期待感によって澱んでいた。ガス灯の光は濡れた石畳に油膜のような虹を描き、通り過ぎる馬車の音はどこか遠い異郷の響きを帯びている。私の友人、エルンスト・影山は、ベーカー街を模したかのような古びた洋館の二階で、ヴァイオリンの弦を神経質に弾いていた。その音色は、緻密に構成された数式が崩壊していく瞬間の悲鳴に似ていた。
「君は、人間が『自己』という唯一無二の貨幣を、いつまで偽造せずに持ち続けられると思うかね」
影山は、指先に残る松脂を拭いもせず、暖炉の火を見つめたまま問いかけた。彼の眼差しは、対象を観察するのではなく、解体し、再構築するための冷徹なメスそのものだった。
「それは哲学的な問いか、それとも次の事件の予兆か」
私が問い返すと、彼はテーブルの上に置かれた一通の書簡を指し示した。上質な和紙に、流麗な万年筆の跡。そこには、帝都を震撼させている「変幻自在の怪人」からの、新たな挑戦状が記されていた。
『明後日の夜、月の欠片が正位置に戻る時、私は貴殿の最も愛する「真実」を盗み出す。それは地下金庫の宝石でも、美術館の至宝でもない。貴殿が構築した、その完璧なる論理の屋根裏に潜むものだ。――二十の貌を持つ亡霊より』
「滑稽だ」影山は嘲笑を浮かべた。「彼は物理的な実体を盗むことに飽き足らず、ついには認識の領域にまで手を伸ばそうとしている。二十の貌だと? それは単なる変装術の稚拙な誇張ではない。彼は、人間という存在が持つ不確定性を、演劇的な極致にまで高めようとしているのだよ」
今回の標的は、帝都屈指の資産家であり、稀代の蒐集家として知られる九条男爵が所有する「碧落の眼」と呼ばれる巨大なサファイアだと誰もが予想していた。男爵の邸宅は、最新鋭の電気警備と、屈強な番犬、そして何より影山自身が考案した、論理的隙間のない多重封鎖システムによって守られていた。
しかし、影山は違った。彼は「碧落の眼」には目もくれず、邸宅の図書室にある、何の意味も持たない古い天球儀の前に座り続けていた。
「犯人は、我々の盲点を突くのではない。我々の『確信』そのものを盗むのだ」
約束の時刻、邸宅は静寂に包まれていた。警備兵たちは彫像のように硬直警備を続け、窓という窓は鉄格子の奥に閉ざされている。突如、館全体の電気が消えた。暗闇の中で、影山の冷徹な声が響いた。
「動くな。光を点ける必要はない。網膜に焼き付いた残像こそが、奴の狙う獲物だ」
私は懐中電灯を手に取ろうとしたが、影山の冷たい手によって制された。闇の中で、何かが衣擦れの音を立てた。それは、一人の人間が動く音ではなく、複数の「人格」が同時に呼吸しているような、不気味な重奏だった。
やがて電力が復旧したとき、そこには奇妙な光景が広がっていた。九条男爵が、そして三人の使用人が、さらには警備の責任者が、全員、影山と全く同じ顔、同じ服装、同じ立ち姿で立っていたのである。
「さて、影山先生」
五人の「影山」が、寸分違わぬ声で同時に囁いた。
「どれが本物の君で、どれが私の用意した鏡像かな? 君の誇る論理で、この『自分自身の氾濫』を解決してみたまえ」
私は眩暈を覚えた。彼らは仕草の一つ一つ、呼吸の微細なリズムまでもが、私の知るエルンスト・影山そのものだった。二十の貌を持つ怪人は、単に顔を変えるのではない。相手の思考、癖、魂の輪郭を完全に模写することで、対象を世界から駆逐し、自らがその座に収まるのだ。
本物の影山と思われる男が、冷然と一歩前に出た。
「無意味な演劇だ。君は大きな誤解をしている。論理とは、個人のアイデンティティを証明するための道具ではない。世界から余計な虚飾を削ぎ落とし、最後に残った『不可能な残渣』を見出すためのプロセスだ」
彼はポケットから、小さな、何の変哲もない真鍮の鍵を取り出した。
「私はこの邸宅に来る前、自分の思考の一部をこの鍵に封印し、自分自身の記憶に一つの『空白』を作った。もし君が私の模写を完璧に行うならば、君の脳内にもその『空白』が再現されていなければならない」
影山は五人の偽物たちを見渡した。
「だが、君にはそれができない。なぜなら、君は『私』を演じようとするあまり、私よりも饒舌に、私よりも完璧に『影山』であろうとしてしまうからだ。本物の私は、自分自身のことを、君が考えているほど信じてはいないのだよ」
一人の「影山」が、わずかに眉を動かした。その瞬間、本物の影山がその男の喉元に指を突き立てた。
「君の変装術は、常に『加法』だ。だが、真理は常に『減法』の果てにある」
捕らえられた男の顔から、薄い絹のようなマスクが剥がれ落ちた。しかし、その下に現れたのは、また別の男の顔ではなかった。それは、目も鼻も口もない、のっぺらぼうの白い仮面だった。
「お見事、影山先生」
仮面が語りかけた。声はもはや影山のものではなく、性別も年齢も判別できない無機質な響きに変わっていた。
「しかし、私が盗んだと言った『真実』とは、この宝石のことだと思っていたのかね?」
怪人は、九条男爵の懐から、いつの間にか奪い取っていた「碧落の眼」を放り投げた。影山はそれを一瞥もしなかった。
「いや、違う。君が盗んだのは、私の『退屈』だ」
怪人は低く笑い、煙のようにその場から消え去った。後には、当惑する九条男爵と、精巧に作られた数枚のマスク、そして静寂だけが残された。
事件は解決したかに見えた。宝石は守られ、怪人は撃退された。しかし、帰路の馬車の中で、影山は一言も発さなかった。彼は窓の外、霧に煙る街並みを、まるで初めて見る異星の光景のように見つめていた。
数日後、私は影山の書斎で、彼が残した最後の手記を見つけた。
『私は彼を捕らえたと思っていた。だが、あの夜、あの暗闇の中で、私はある確信を得てしまった。彼が私の顔を剥ぎ取ったのではない。私が、彼という鏡を通じて、自分の顔が最初から存在しなかったことを知ってしまったのだ。論理とは、存在しない自己を繋ぎ止めるための、あまりに脆い鎖に過ぎない。』
エルンスト・影山は、その日を境に姿を消した。
その後、帝都にはある噂が流れた。二十の貌を持つ怪人が、最近、驚くほど冷徹で緻密な、探偵のような手際で犯罪を暴き始めたという。一方で、かつての名探偵の住居には、夜な夜な自分の顔を鏡で確認しては、狂ったように笑い声を上げる「顔のない男」が棲みついているというのだ。
論理と狂気は、一枚のコインの裏表ですらない。それは、同じ一つの深淵を、異なる角度から覗き込んでいるだけに過ぎないのだ。霧は今日も帝都を覆い、誰が誰であり、何が真実であるかを、永遠の闇の中へと葬り去っていく。