リミックス

赦しの果て、あるいは静謐なる復讐の領分

2026年1月19日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

宵闇が川面を塗り潰し、重苦しい湿り気を帯びた空気が、低く這う霧のように舟を包んでいた。高瀬川を上下する小舟のなかで、役人の佐々木庄兵衛は、目の前に座す男――名は九郎という――の横顔を、盗み見るように観察していた。九郎は島送りの罪人であった。しかし、その佇まいには、追放を宣告された者特有の悲壮も、世を呪う陰惨な気配も微塵もなかった。ただ、深い夜の底に沈殿した澱のような、恐ろしいほどに澄み渡った静寂がそこにあった。

「九郎と言ったな。お主、これほどの不運に見舞われながら、なぜそれほどまで穏やかでいられるのだ。役目柄、多くの罪人を送ってきたが、お主のような男は初めてだ」

庄兵衛の問いは、夜の静寂を切り裂くにはあまりに脆かった。九郎はゆっくりと視線を上げ、舟の縁を叩く水の音を聴くかのように、わずかに首を傾げた。その瞳は、深淵からこちらを覗き込むような、底知れぬ理知の光を湛えていた。

「不運、でございますか。旦那様には、私がそのように見えますか」

九郎の声は、穏やかでありながら、聞き手の心臓の鼓動を狂わせるような重厚な響きを持っていた。彼は懐から、役所から支給されたわずかな「お足」を取り出した。それは、飢えを凌ぐための端金に過ぎない。しかし、九郎はその銅貨を、あたかも一国の王が掌に載せた黄金の林檎であるかのように、愛おしげに見つめた。

「私はこれまで、何一つとして己のものを持たぬ男でございました。しかし今、この手に握る小銭があれば、私は世界の主です。明日をも知れぬ命を繋ぐのではなく、ただこの瞬間に足ることを知る。その悦びが、不当な鎖さえも絹の飾りに変えてしまうのです」

庄兵衛は息を呑んだ。この男が語っているのは、単なる清貧の思想ではない。それは、徹底的な自己の解体を経て辿り着いた、一種の狂気にも似た「充足」であった。九郎は語り始めた。かつて彼には、肺を病み、生きながら腐敗していく弟がいたこと。弟は鋭利な剃刀で自らの喉を裂こうとしたが、力が足りず、ただ苦痛だけを倍加させていたこと。そして九郎が、その絶望を終わらせるために、剃刀の柄に手を添えたこと。

ここまでは、庄兵衛がこれまで聞いてきた「高瀬舟」の悲劇そのものであった。しかし、九郎の語りはそこから、血の凍るような変奏曲を奏で始めた。

「弟を殺めた後、私は気づいたのです。私を告発し、この地獄へと突き落としたのは、私たちが誠心誠意仕えていたはずの、あの豪商・万屋であったということに。奴は弟の病を知りながら、私に法外な利息の借金を背負わせ、その挙句に弟の死を『口減らしの殺人』として通報した。法は奴の味方をし、私はこうして川を下ることになりました」

九郎の口元に、微かな、しかし峻烈な微笑が浮かんだ。それは復讐を誓う者の顔ではなかった。復讐を「完了」させた者の顔であった。

「旦那様、私は獄中にあった十四年間、一睡も休むことなく、思考という名の迷宮を彷徨い続けました。万屋が私に与えたのは、絶望ではありませんでした。それは、絶対的な『空白』だったのです。奴は私から家を、家族を、そして名誉を奪った。しかし、その結果、私はこの世のあらゆる欲求から解脱する機会を得た。私は獄中で、かつて万屋の帳簿を管理していた老囚から、ある秘密を継承しました。それは、万屋が過去に犯した不正、国家を揺るがすほどの重罪の証拠が眠る、ある場所の地図でございます」

庄兵衛の背筋に冷たい汗が流れた。目の前の罪人は、単なる慈悲殺人者ではない。かつて無実の罪でシャトー・ディフに幽閉され、知恵と富を得て蘇ったあの復讐の化身と同じ、冷徹なまでの計略を胸に秘めているのではないか。

「お主は、その証拠を用いて奴を破滅させるつもりか。あるいは、その隠された富を掘り起こし、絢爛豪華な復讐劇を演じるつもりなのか」

庄兵衛の声は震えていた。九郎は静かに首を振った。

「いいえ。そんな世俗的な復讐など、もはや私の魂を満足させることはありません。万屋は今、全財産を注ぎ込み、この高瀬川の運河を独占する利権を買い取ろうとしています。奴は富を増やすこと、ただそれだけが生きる目的であり、一銭を失うことに死以上の恐怖を感じる男です。私は、その地図と証拠を、あえて『匿名』で万屋自身の手に戻しました」

「何だと? なぜ奴に返したのだ」

「それが私の『慈悲』だからです、旦那様。奴は今、その証拠を隠滅するために、自らの全財産を、そして全神経を費やしています。奪われる恐怖、暴かれる不安、それらが奴の心臓を刻一刻と削り取っていく。富を積めば積むほど、失う苦しみは増大する。私は何も奪いません。ただ、奴に『無限の所有』という名の、終わりのない地獄を与えたのです」

舟は、島へと向かう波濤の入り口に差し掛かっていた。月光が九郎の横顔を白磁のように照らし出す。

「私は今、この手の内にある小銭だけで、この世界の誰よりも幸福でございます。なぜなら、私には守るべきものも、失うものも何一つないからです。自由とは、何かを得ることではなく、何かを捨てることにこそ宿る。万屋は今頃、広大な屋敷の中で、金貨の山に押し潰されながら、一睡もできぬ夜を過ごしていることでしょう。彼は自由を買い占めたつもりで、その実、金の鎖で己を縛り上げたのです」

庄兵衛は、己の内に湧き上がる奇妙な敗北感に打ち震えた。役人として、法を守る者として、彼は九郎を監視しているはずだった。しかし、今の自分はどうだ。微々たる俸給の増減に一喜一憂し、世間の評判を恐れ、家庭の不和に心を痛めている。この「自由な」役人は、実のところ、舟の上で微笑む「囚人」の足元にも及ばない。

「旦那様、これがお別れでございます」

九郎は立ち上がった。その姿は、流刑地に向かう罪人ではなく、新たな領土を検分しに行く統治者のように威厳に満ちていた。

「復讐とは、相手を殺すことではありません。相手を、己の欲望の檻の中に永久に閉じ込めることなのです。私は弟に死という名の救済を与えたように、万屋には生という名の永劫の罰を与えました。そして私は、この無の境地を享受する。これほど完璧な正義が、他にありましょうか」

舟が岸に着いた。九郎は軽やかな足取りで陸へと降り立った。彼が歩む先には、荒涼とした大地が広がっているはずだった。しかし、彼の背中には、目に見えぬ黄金の翼が翻っているかのように見えた。

庄兵衛は、暗い川面を見つめ、立ち尽くした。九郎が残していった静寂が、毒のように彼の胸に回っていく。自分は自由だ。どこへでも行ける。だが、その足は、社会という名の目に見えぬ鎖に、かつてないほど重く縛り付けられていた。

川を遡る帰路、庄兵衛の耳には、金貨が触れ合うような幻聴が聞こえ続けた。それは、高瀬舟を漕ぐ水の音か、それとも、この世という名の巨大な監獄で、人々が己の欲望を磨き上げる音なのか。彼はただ、九郎が手放したあのわずかな銅貨の温もりを、狂おしいほどに欲している自分に気づき、静かに絶望した。

これが、九郎の仕掛けた、究極の「慈悲」であった。彼は一人、島へと消えた。そして残された世界は、終わりのない所有の荒野と化したのである。