リミックス

野蛮な祭壇

2026年1月18日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

親譲りの無鉄砲が、冷徹な野心という外套を羽織った時、人生は喜劇から凄惨な儀式へと変貌する。私の家系は、江戸の血筋がもたらす無意味な潔癖さと、没落した士族の末裔が抱く歪んだ自尊心の掃き溜めであった。親父は死に際に「正直に生きろ」と吐き捨てたが、その言葉こそが、この世で最も巧妙に仕掛けられた毒薬であることを、当時の私は知る由もなかった。

私は、四国辺りのうら寂れた中学校に数学教師として赴任した。物理学の定理と同じく、人間の位階もまた、数式によって解明可能であると信じていた。駅に降り立った瞬間、潮風と共に漂ってきたのは、腐った蜜柑と、それ以上に腐敗した人間の虚栄の臭いである。出迎えた教頭の「赤シャツ」は、琥珀色の煙管をくゆらせながら、いかにも教養人然とした薄笑いを浮かべていた。その眼差しは、私を同僚としてではなく、自分の権力という巨大な建築物を飾るための一枚のタイルとして品定めしていた。

私の魂のなかには、二つの色彩が常にせめぎ合っていた。一つは、不正を許さぬ江戸っ子気質の「赤」であり、もう一つは、泥を啜ってでも頂点へと這いあがろうとする、聖職者の法衣のごとき「黒」である。赤シャツという男は、その狡猾な論理によって、田舎町の停滞した空気を支配していた。彼は文学を語り、道徳を説くが、その実、自らの欲望を「高尚な精神」という名のヴェールで包み隠しているに過ぎない。私は彼を憎悪した。しかし、その憎悪は正義感から来るものではなく、彼が立っているその場所を、私自身が手に入れたいという飢餓感から生じていた。

校内は、陰湿な力学によって保たれた小宇宙であった。画学教師の「野だ」のような腰巾着が、強者の影に隠れて弱者を嘲笑い、校長の「狸」は事なかれ主義の毛皮を被って眠っている。私は彼らに対して、あえて「直情径行な若者」という役を演じることに決めた。嘘をつけない男、一本気な馬鹿。その仮面こそが、計算高い彼らの裏をかくための、最強の武器になると確信したからだ。

私は、赤シャツが密かに懸想しているという「マドンナ」なる女に目をつけた。彼女は、この退屈な町において、唯一の「高貴な獲物」であった。私は彼女を愛してはいなかった。ただ、赤シャツの自尊心を根底から破壊し、彼が築き上げた偽りの秩序を簒奪するために、彼女の心を略奪する必要があったのだ。夜、下宿の窓から月を眺めながら、私はナポレオンの肖像画を脳裏に描いた。剣を教壇の鞭に持ち替え、雪辱の機会を伺う若き簒奪者。私の胸は、高潔な怒りと、卑俗な野心という矛盾した熱に浮かされていた。

ある日、生徒たちの間で騒動が起きた。赤シャツが裏で糸を引いた、私と数学主任の「山嵐」を仲違いさせるための卑劣な工作である。山嵐は、質実剛健を絵に描いたような男で、私にとっては唯一の「人間」に見えた。しかし、私はあえて彼を公衆の面前で罵倒した。それは、赤シャツに「私は貴方の忠実な駒になった」と誤認させるための、冷徹な一手であった。山嵐の顔に浮かんだ驚愕と悲しみを見つめながら、私の心臓は歓喜に震えた。これこそが、他者の善意を踏み台にして昇り詰める、選ばれし者の快楽である。

だが、運命という名の論理は、私の計算を遥かに凌駕する皮肉を孕んでいた。

私は赤シャツを誘い出し、彼が隠し持っている不道徳の証拠を突きつける機会を得た。温泉帰りの夜道、月明かりの下で、私は彼を詰問した。赤シャツは狼狽するどころか、悲しげな微笑を浮かべてこう言った。
「君は、自分が正直な男だと思っているようだが、その『正直』こそが、この世で最もたちの悪い暴力だよ」
彼は、私が隠し持っていた野心の断片、マドンナへの策略、そして山嵐を裏切った時の冷酷な眼差しを、まるですべて見透かしているようであった。彼は、私が「黒」に染まろうと足掻きながら、その実、自らの「赤」い情熱に振り回されている滑稽な道化に過ぎないことを指摘したのだ。

私は激昂し、彼を殴り飛ばした。何度も、何度も。それは正義の制裁ではなく、自らの本性を暴かれたことへの、幼児的な拒絶反応であった。赤シャツは血を流しながら、勝利者のような顔をして笑っていた。その瞬間、私は理解した。この町において、物理的な暴力は何の意味も持たない。言葉と階級、そして「世間」という名の巨大な怪物が、私の行動をすべて「狂人の暴挙」へと変換してしまうのだ。

翌朝、私は辞職願を叩きつけ、町を去ることにした。結局、私はナポレオンにも、聖職者にもなれなかった。ただの、短気な江戸っ子が、分不相応な夢を見た末の自滅であった。

東京へ戻る汽車の中で、私は新聞を広げた。そこには、赤シャツが「暴漢に襲われながらも、教育者としての慈愛をもって相手を許した」という美談が、麗々しく書き連ねられていた。彼は私の暴力を利用し、自らの聖性をより強固なものへと昇華させたのだ。一方で、私に利用され、裏切られた山嵐は、責任を取って職を辞し、田舎へ帰ったという。

私は、親父から譲り受けた「正直」という名の呪いを、あらためて噛み締めた。私がどれほど緻密に計算し、社会という梯子を登ろうとしても、結局はこの不器用な血が、すべての梯子を蹴り倒してしまう。

窓の外を流れる景色は、赤でも黒でもなく、救いようのない灰色に染まっていた。私は、自分自身という名の祭壇に、自らの人生を供物として捧げたに過ぎなかった。究極の皮肉は、私が最も軽蔑していた「嘘つき」たちの世界において、私の「真実」が最も卑劣な嘘として記録されたことである。

汽車がトンネルに入り、窓硝子に私の顔が映し出された。そこには、野心に敗れ、正義を失い、ただの空虚な肉体と化した、一人の男がいた。私はその顔を見て、初めて心からの嘲笑を漏らした。それは、この世の誰よりも自分自身を軽蔑している男の、完璧に論理的な帰結であった。