【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『草枕』(夏目漱石) × 『ハムレット』(シェイクスピア)
山道を登りながら、私は己の輪郭が霧に溶け出していくのを感じていた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。そう断じた文豪の言葉を反芻するたび、私の胸の奥に潜む「王冠の重み」が、冷たい鉛のように沈殿していく。私は逃げてきたのだ。血の匂いのする宮廷から、復讐という名の義務から、そして何より、鏡の中に映る「決断を迫る己」という亡霊から。
この山は、非人情の聖域でなければならない。湿り気を帯びたシダの葉が、私の脛を打つ。その一振り一振りが、過去という名の鎖を断ち切る儀式のように思えた。画筆を握る指先だけが、私の存在をこの世に繋ぎ止める唯一の錨であった。私は人間を、感情の波に翻弄される肉塊としてではなく、単なる「風景の一部」として描きたいのだ。愛も憎しみも、一抹の朱を差すための顔料に過ぎぬ。そう自分に言い聞かせ、私は重い足取りで、幽邃な谷の底に佇む古い宿へと向かった。
宿の主人の娘、那美という女に出会ったのは、夕闇が墨を流したように山を塗り潰す頃だった。彼女の瞳には、狂気と叡智が奇妙な均衡を保って同居している。それは、深淵を覗き込みすぎて、自らが深淵の一部と化した者の眼差しであった。彼女は私の姿を見るなり、鈴を転がすような声で笑った。
「貴方様も、復讐をしにここへいらしたの? それとも、誰かを呪い殺すための絵を描きにいらしたの?」
私は絶句した。私の背後に、父の亡霊が立っているのを彼女は見透かしたのか。あるいは、私が捨ててきたはずの「毒の入った盃」が、私の影の中に透けて見えたのか。
「私はただ、非人情の境地を求めて、この山を歩いているに過ぎない。この世のすべてを、舞台上の喜劇として、あるいは一枚の静物画として眺めたいのだ」
私の言葉は、湿った夜気の中に虚しく霧散した。那美は、狂おしいほどに美しい手足で、部屋の隅に置かれた古びた鏡を指差した。
「舞台ですって? おあいにく様。この世は舞台などではなく、底なしの泥濘ですわ。足を抜こうとすればするほど、深く沈み込む。貴方様のように、傍観者という特等席に座ろうとする方が、一番無惨に溺れるのよ」
数日の間、私は彼女をモデルに画稿を重ねた。しかし、どうしても描けない部分がある。彼女の口元に漂う、あの「毒を含んだような微笑」だ。彼女は時折、庭の池のほとりに立ち、水面に映る自分の顔を見つめていた。その姿は、かつて私が読み耽った異国の物語に登場する、狂乱の果てに水死する乙女のようでもあり、あるいは、夫を裏切った王妃の亡霊のようでもあった。
ある夜、私は夢を見た。いや、それは現実であったのかもしれない。霧の中から、鎧を纏った影が現れ、私に耳打ちするのだ。「行動せよ。筆を捨て、剣を取れ。血をもって、この泥濘を洗い流せ」と。私は悲鳴を上げて跳ね起きた。枕元には、那美が立っていた。彼女の髪からは水滴が滴り、その滴が私の画稿を汚していく。
「描けましたか? 私の死に顔を」
彼女の問いは、冷徹な刃となって私の心臓を貫いた。私は気づいた。私が追い求めていた「非人情」とは、現実からの逃避に冠した、卑怯者の別名に過ぎなかったのだと。私は彼女を描くことで、彼女を救おうとしたのではない。彼女が破滅していく様を、安全な場所から鑑賞しようとしていたのだ。
「明日、私はこの山を降ります。戻って、果たすべきことを果たしましょう」
私は絞り出すように言った。それは、芸術家としての死を意味し、復讐者という名の「人間」への回帰を意味していた。
那美は満足げに頷き、一振りの小刀を私に差し出した。
「これは、かつて父が使っていたものです。この刃には、美しさを守るための研ぎ澄まされた憎しみがあります。貴方様の描く絵には、この鋭さが足りなかった」
私はその重みを受け取った。非人情の夢は終わり、色彩はすべて血の赤に塗り潰された。私は、彼女を池に突き落として殺すことも、あるいは彼女と共に死ぬこともできた。しかし、私はただ、彼女が差し出した死の道具を握りしめ、夜明けの山道を下り始めた。
ふもとの村に辿り着いた時、私は一通の手紙を受け取った。都では、私が復讐すべき相手も、私が守るべき国も、すべては疫病という名の「運命」によって跡形もなく消え去っていた。王は狂い、王妃は毒を飲み、家臣たちは互いを貪り食って絶滅したという。
私は立ち尽くした。私の手にあるこの小刀は、今や誰の血を吸うことも許されない。私が「人間」に戻るために用意した決意は、対象を失った瞬間に、喜劇的なまでに無意味な重りへと成り果てた。
私は再び、山を見上げた。あそこには、非人情の夢があったはずだ。だが、今の私には、山へ戻る資格もない。私は、傍観者としても、当事者としても、完成されることができなかった。
懐の画稿を取り出してみる。そこには、池に飛び込む直前の那美の姿が描かれていた。しかし、その顔は、紛れもなく私自身の絶望であった。私は、美を描こうとして醜悪な真実を描き、救済を求めて永遠の彷徨を手に入れたのだ。
空はどこまでも青く、山は非情なまでに静止している。私は、自分が手にしている小刀の刃に、自分自身の虚ろな瞳が映っているのを見た。それは、世界で最も精緻に描かれた、しかし誰にも見られることのない、完璧な失敗作であった。