【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
マンハッタンの冬は、肺の奥まで凍りつかせるような無慈悲な冷気を伴ってやってくる。今朝のニューヨークは、鉛色の空から湿った雪が舞い落ち、舗道には灰色の泥漿が溢れていた。私はコートの襟を立て、吐き出す息の白さに身を縮めながら、ミッドタウンにあるヒルトン・ホテルの回転扉を押し抜けた。
ロビーに足を踏み入れた瞬間、外気とは正反対の、乾燥して熱を帯びた空気が顔を打った。それは単なる暖房の熱ではない。何百もの真空管とトランジスタ、そしてそれらが放つかすかなオゾンの匂い、そして何より、ここに集まった千数百人の男たちが発する熱気そのものだった。今日、1967年1月14日。私たちは歴史の転換点に立ち会っている。これまで「ミュージック・ショー」の片隅に追いやられていた家電製品たちが、ついに自らの名を冠した独自の祭典、第1回コンシューマー・エレクトロニクス・ショーを勝ち取ったのだ。
会場内は、まさに混沌とした電子の海だった。ヒルトンとアメリカーナ、二つのホテルの大広間を埋め尽くすブースには、未来を形にしようともがく企業の野心が、無数の配線となってのたうっている。
私の視界に最初に飛び込んできたのは、壁一面に並べられたカラーテレビの群れだった。数年前までは贅沢品の極みだったそれが、今や家庭のリビングを支配しようとしている。画面の中では、鮮やかすぎるほどの原色が踊り、現実よりも生々しい輝きを放っている。ブラウン管が放つ静電気で、腕の産毛が逆立つのがわかった。画面に顔を近づけると、微細な電子の粒が弾ける「ジー」という低い唸りが耳の奥に届く。それは、新しい時代の産声のように聞こえた。
「これは単なる箱じゃない。世界を居間に引きずり出す窓なんだ」
隣で熱心にメモを取っていた若者が、誰にともなく呟いた。彼の持つペンが、紙の上で激しく踊っている。
さらに奥へ進むと、日本のメーカーが陣取る一角に突き当たった。彼らのブースは他とは明らかに空気が異なっていた。展示されているのは、掌に乗るほど小さなトランジスタ・ラジオや、机の上に置けるサイズの小型テレビだ。巨大であることが豊かさの象徴だったアメリカ的な価値観に対し、彼らは精密さと凝縮という、全く別の美学を突きつけている。
私はその中の一つ、磨き上げられたクロームとプラスチックの筐体を持つ試作機に触れてみた。金属の冷徹な感触と、通電したばかりの回路が持つ微かな微熱。ダイヤルを回すと、カチカチという小気味よいクリック音が指先に伝わる。内部で複雑に組み合わされた部品たちが、私の指の動きに即座に反応し、虚空から音を拾い上げようと躍起になっている。この小さな箱の中に、どれほどの知性が詰め込まれているのだろうか。
会場を歩き回るうちに、足の裏には鈍い痛みが走り、耳は無数のブースから流れる音楽と宣伝文句で麻痺し始めていた。ステレオコンポから流れるビートルズの旋律が、別のブースの掃除機の稼働音にかき消される。カセットテープという新しい規格を説明する男の声が、背後のキッチン家電のタイマー音と交差する。
しかし、その喧騒こそが心地よかった。ここには、昨日の延長ではない明日がある。
昼過ぎ、私はプレスルームの隅で冷めたコーヒーを啜りながら、窓の外を見やった。雪はさらに激しさを増し、マンハッタンの摩天楼を白く覆い隠そうとしている。だが、このホテルの壁の内側では、熱狂的なエンジニアたちが、そして野心に燃える商務員たちが、電子の火花を散らしながら世界を書き換えようとしている。
かつては職人の手仕事や、重厚な機械仕掛けが世の中を動かしていた。だがこれからは、目に見えない電子の奔流が、数ミリメートルのシリコン片を駆け巡ることで、私たちの生活を規定していくことになるだろう。ポケットの中の音楽、壁にかかった動く絵画、あるいは自動で計算を行う魔法のような機械。それらはもはや空想科学小説の挿絵ではなく、今日、この場所で「商品」としての産声を上げたのだ。
夕刻、会場を後にする際、私はもう一度だけ振り返った。ホテルの窓から漏れる光は、雪の夜を黄金色に染めていた。私のコートには、まだ会場の電子回路が発していた熱が、、そしてあの独特のオゾンの匂いが染み付いている。
1967年1月14日。私は、電子の脈動が初めて一つの大きな鼓動となり、この惑星を揺さぶり始めた日を、決して忘れることはないだろう。明日になれば、この熱狂は全米へ、そして世界へと波及していく。私たちは今、回路という名の神経系を、文明という肉体に組み込み終えたのだ。
参考にした出来事:1967年1月14日、ニューヨークにて世界初の「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」が開催。それまでシカゴで開催されていた音楽イベントから独立する形で始まり、100社以上の企業が参加、約1万7500人が来場した。現在では世界最大級の家電・IT見本市として知られるイベントの記念すべき第1回目である。