【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ニューヨークの朝は、相変わらず冷たい空気に満ちていた。店を開けるためにブロードウェイの通りを歩くと、吐く息が白く凍りつく。まだ人影もまばらな歩道には、昨夜から降り続いた雪が薄く積もり、街路灯の明かりを反射して淡く輝いている。エディの電気店のシャッターを上げる重い金属音が、静かな通りに響き渡った。店内に足を踏み入れると、埃と古い機械の匂いに混じって、父が淹れたばかりのコーヒーの香りが漂っていた。
「やっと来たか、ジミー。今日は特別な日だぞ!」
父エディは、いつもの紺色のエプロンを締め、奥の倉庫から聞こえる物音に耳を傾けていた。その顔は、まるで子供のようにわくわくしている。無理もない。今朝、RCA社から届くはずの「あれ」が、ついにこのマンハッタンに、僕たちの店にやってくるのだから。
倉庫の裏手で、トラックのエンジン音が止まった。数人の作業員が、巨大な木枠の箱を慎重に運び込んでくる。想像よりもずっと大きく、まるで冷蔵庫か何かを運ぶようだ。箱の側面には「RCA CT-100 “The Merrill”」と力強く記されている。父が興奮気味に工具を手渡し、僕もまた、その重厚な梱包材を剥がす手伝いをした。
ウォルナット材の筐体が姿を現す。ただの電化製品ではない。それは、職人の手によって丁寧に磨き上げられた、重厚な家具のようだった。真鍮製のダイヤルが、周囲の光を鈍く反射している。まさに、未来の調度品と呼ぶにふさわしい。店の中央、通りに面したショーケースの定位置に運び込むだけでも、大人三人がかりで息を切らさなければならなかった。
父とRCAの技術者が、何本ものケーブルを接続し、背面のパネルを開けては細かな調整を繰り返す。僕はその間、埃を払い、古い白黒テレビを隅へと追いやった。今日の主役は間違いなく彼なのだ。
「よし、これでいいはずだ!」
父の声が響き、技術者が最後のダイヤルを回し、電源スイッチを入れた。
微かな「ジーッ」という電子音が鳴り、画面に一瞬の光が走った。最初は砂嵐のノイズ。そしてテストパターンが映し出された。中央にRCAのロゴ、その周囲に円形のカラーバー。赤、緑、青、黄……。まだぼんやりとした、しかし確かな「色」がそこにあった。まるで、長年モノクロ写真でしか見たことのなかった絵画を、初めて美術館で原画として対面したかのような衝撃だった。
「さあ、来るぞ、ジミー!」
父が僕の肩を叩いた。ニューヨークのRCAスタジオからの初のカラー放送が始まるのだ。画面のノイズがさらに増し、やがて、わずかに揺らぐ映像が映し出された。薄暗いスタジオ、スポットライトを浴びた女性歌手。彼女が身につけているドレスが……。信じられない。鮮やかな、燃えるような「赤」だった。これまで僕が見てきたテレビの世界は、なんて貧しかったのだろうか。
女性歌手が歌い出す。その唇が、肌の色が、背景の装飾が、すべてが「本物」の色を帯びていた。次に映し出されたのは、セントラルパークの映像だろうか。木々の葉は息をのむような「緑」に輝き、花壇には「黄色」や「ピンク」の花が咲き乱れていた。それは、窓の外の現実世界よりも鮮やかで、夢のような光景だった。僕はただ、呆然と画面を見つめることしかできなかった。
午後の開店時間になると、ショーウィンドウに飾られたCT-100は、すぐに通行人の注目を集めた。最初は遠巻きに見ていた人々が、一人、また一人と足を止め、やがて群衆ができた。誰もが、画面に映し出される色彩に目を奪われている。店内にまで押し寄せた客たちの第一声は、決まって「あれは何だ?」「本当に色がついてるのか?」だった。
「これこそが、未来のテレビです!」父は誇らしげに胸を張り、熱弁を振るう。「RCAが誇る最新技術、カラーテレビですよ!」
しかし、価格を告げると、たいていの客は驚きに顔を歪ませた。「千ドルだと? 馬鹿な! 白黒テレビが数十ドルの時代に!」無理もない。これは当時の新車の価格に匹敵する、途方もない金額なのだ。何人かの客はため息をつき、首を振って店を出て行った。それでも、画面の前に釘付けになり、食い入るように見つめ続ける人々の熱気は、容易には冷めなかった。特に子供たちの眼差しは純粋で、彼らはこの「魔法の箱」が、いつか自分たちの部屋にも置かれる未来を、漠然と夢見ていたに違いない。
夕方になり、一日の売上を計算していると、一人の紳士が店に現れた。彼の着ているスーツは仕立てが良く、指には金の指輪が光っている。
「あれを、頂こうか」
彼が指さしたのは、紛れもなくCT-100だった。父と僕は顔を見合わせた。今日の最初で、そして唯一の購入者だ。紳士は高額な小切手を軽く差し出し、満足げな笑みを浮かべた。彼にとっては、未来の技術を手に入れることは、何ら特別なことではないのだろう。配送の手配を終え、紳士が去った後も、僕の胸には言いようのない高揚感が残っていた。
閉店後、店のドアを施錠し、薄暗くなったショーウィンドウの奥で、CT-100が最後の光を放っている。今日の色彩が、残像のように僕の脳裏に焼き付いていた。まだ高価で、一部の富裕層にしか手の届かない贅沢品。しかし、あの鮮やかな赤や緑、青の衝撃は、単なる商品の発売以上の意味を持つはずだ。
いつか、この色彩が、ニューヨークの、いや、アメリカの、全ての家庭に届けられる日が来るのだろうか。冷たい夜風が僕の頬を撫でる。新たな時代の幕開けを告げる、静かな興奮に包まれながら、僕は家路を急いだ。
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参考にした出来事:
1954年1月16日、アメリカで初のカラーテレビ受信機「RCA CT-100」が一般向けに発売されました。これはNTSC方式のカラー放送に対応した最初の商用テレビであり、価格は約1,000ドル(当時の自動車一台分に相当)と非常に高価でした。