【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
パドヴァの冬の夜気は、骨の髄まで凍てつかせるほどに鋭い。書斎の窓を開け放つと、湿り気を帯びた冷気が雪崩のように流れ込み、机上の蜜蝋燭の炎を激しく揺らした。指先の感覚はすでに失われつつあるが、私は構わず、自作の遠眼鏡――この「ペルスピキルム」の筒を支柱に固定した。レンズを磨き上げるために費やした数ヶ月の辛苦が、今、この漆黒の闇の中で報われようとしている。
私の目は、東の空にひときわ高く、威厳をもって君臨する木星に向けられている。肉眼で見れば、それはただの輝かしい光点に過ぎない。しかし、この倍率二十倍のレンズを通せば、世界はその真の姿を現すはずだ。私は震える手で筒の角度を微調整し、接眼レンズに右目を押し当てた。
視界が揺れ、一点に定まる。その瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、天上の真珠と見紛うばかりの、端正な円盤状の星があった。肉眼では捉えきれなかった木星の輪郭が、鋭利な剃刀で切り取ったかのように鮮明に浮かび上がっている。だが、私の心を真に震わせたのは、巨大な惑星そのものではなかった。木星を挟むようにして、一直線に並んだ三つの小さな光の点。それらは、これまでの天文学の常識を根底から覆すほどに、あまりに小さく、そしてあまりに輝かしかった。
東側に二つ、西側に一つ。これらは当初、背景にある固定された恒星だと考えていた。しかし、注意深く観察を続けるにつれ、奇妙な違和感が胸を突く。それらはあまりに木星に近く、しかも黄道に沿って完璧に整列しているのだ。もしこれが恒星であるならば、これほどまでに惑星の歩みに寄り添うはずがない。
私の頭をよぎったのは、身の毛もよだつような、そして同時に歓喜に満ちた仮説だった。
もし、これらの小さな星々が、木星の周囲を巡っているのだとしたら。
アリストテレス以来、この世界のすべての天体は地球を中心に回転していると教えられてきた。教会が説く宇宙の秩序は、地球という不動の中心を前提に築かれている。しかし、今、私の目の前にある現実はどうだ。木星という巨大な天体が、自身の従者を連れて、悠然と夜空を渡っている。これは、地球以外の天体を中心に回転する「世界」が存在することの、動かしがたい証拠ではないか。
私は羽ペンを取り、羊皮紙に素描を残した。凍えたインクが紙に染み込み、震える線が観測結果を記録していく。木星を示す大きな円の傍らに、三つの小さな星。明日の夜、そして明後日の夜、これらが位置を変えているならば、私の確信は真実へと変わるだろう。
窓の外では、パドヴァの街が深い眠りについている。誰もが、今この瞬間に宇宙の構造が永遠に書き換えられたことに気づかぬまま、暖かい寝床で夢を見ている。私は、レンズ越しに見えるあの冷徹な光の粒から目を離すことができない。それは、神が隠し持っていた天界の秘密を、私という卑小な人間にそっと耳打ちしているかのようだった。
明日もまた、空が晴れることを願わずにはいられない。この遠眼鏡の先に広がる未知の領域こそが、人類が歩むべき新しい道標となるのだから。たとえそれが、これまでの世界の秩序を崩壊させる、危険な光であったとしても。
参考にした出来事:1610年1月7日、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイが、自作の望遠鏡を用いて木星の周囲を回る4つの衛星のうち3つ(イオ、エウロパ、カリスト。後にガニメデも発見)を初めて観測した。これは、天動説を否定し地動説を裏付ける重要な発見の一つとなった。