【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ナイルを渡る夜明けの風は、まだ砂漠の冷気を孕んでいる。天幕を出ると、視界の先には、幾千年も変わらぬ姿で屹立するテーベの岩山が、薄明のなかで赤銅色の巨躯を横たえていた。王家の谷。この荒涼とした死者の街を、私は何度目の朝に眺めたことだろう。
カーナヴォン卿から最後通牒を突きつけられて始まった今シーズンも、残された時間は僅かだ。これまでの六年間、我々はこの熱風と砂塵のなかで、絶望という名の瓦礫を積み上げてきたに過ぎなかった。ラムセス六世の墓の真下、かつての石工たちの小屋跡を掘り起こすという決断は、同業者たちの目には、溺れる者が藁を掴む無益な足掻きと映っていたに違いない。
午前十時を回った頃だったろうか。現場に異様な静寂が訪れた。絶え間なく響いていたツルハシの打撃音と、土運びの少年たちの喧騒が、不自然なほど唐突に途切れたのだ。不吉な予感に胸を騒がせながら、私は発掘区画の縁へと駆け寄った。
「カーター先生、これを見てください」
現場監督の責任ある声が、乾いた空気のなかで震えていた。男たちが指差す先、第四の小屋跡の下から、岩盤を垂直に切り出した石の段が現れていた。私は胸の鼓動を抑えきれず、自ら篩を放り出し、手近な刷毛を掴んで跪いた。荒い息が、堆積した石灰岩の粉塵を白く舞い上げる。
一刻、また一刻と砂を払い除けるたびに、その実体は露わになっていった。それは紛れもなく、地中深くへと続く階段の第一段目であった。これまでの失敗で培われた冷笑的な自制心が、心の内側で「ただの未完成の遺構に過ぎない」と警鐘を鳴らし続ける。しかし、指先に触れる石の冷たさと、鋭く切り立った角の感触は、私の魂に別の確信を刻み込んでいた。
正午を過ぎる頃には、階段は四段、五段と姿を現した。作業員たちの目は熱を帯び、沈黙のなかに狂熱に近い興奮が伝染していく。午後、十二段目の階段を掘り進めた時、ついにそれは姿を現した。
泥を塗り固めた封印の跡がある、石造りの扉だ。
私は膝の震えを隠そうともせず、その封印を凝視した。そこには、古代エジプトの葬祭組織の象徴である「九人の虜囚を従えたジャッカル」の刻印が、数千年の歳月を経てなお鮮明に残されていた。指でその刻印に触れる。それはトトメス、アメンホテプ、ラムセス……歴代の巨星たちが眠るこの谷において、誰からも忘れ去られたまま、ただ一人沈黙を守り続けてきた何者かへの入り口であった。
胸の奥が熱い何かで満たされるのを感じた。これまで注いできた情熱、費やした莫大な資金、そして浴びせられた嘲笑のすべてが、この一枚の扉の前で昇華されていくような感覚。しかし、扉の背後から漂ってくるのは、花の芳香でも黄金の輝きでもなく、三千年という気の遠くなるような時間の重みが凝縮された、冷たく、重く、淀んだ空気の匂いだった。
私は扉を壊したいという衝動を、鉄の意志で抑え込んだ。この扉の向こうにあるものが、墓泥棒の手を逃れた手つかずの至宝なのか、あるいは既に略奪し尽くされた空虚な石室なのか、今はまだ知る由もない。私は英国にいるカーナヴォン卿へ電報を打つよう命じた。
「ついに谷で素晴らしい発見をした。壮麗な封印のある墓を見つけた。貴殿の到着まで再び埋め戻す。おめでとう」
太陽が西の崖に沈み、谷が紫色の影に飲み込まれていく。作業員たちに厳重な警備を命じ、私は一人、再び埋め戻された階段の上に立った。足元には、人類が触れることのなかった王の眠りが、再び砂の下で静まり返っている。今夜、私はこの砂漠の静寂のなかで、明日という日が来るのを、そして海の向こうから友が届ける返信を、生涯で最も長い時間をかけて待つことになるだろう。
三千年の眠りが、今、私の手によって破られようとしている。その重責に、私はただ、夜風に吹かれながら震えるしかなかった。
参考にした出来事:1922年11月4日、ハワード・カーターによるツタンカーメン王墓(KV62)の発見。エジプトの王家の谷において、ラムセス6世の墓の入り口付近を掘り下げていた作業員が、岩を削って作られた階段の第一段目を発見した。これがきっかけとなり、20世紀最大の考古学的発見と言われる、ほぼ未盗掘の状態での少年王ツタンカーメンの墓の発見へと繋がった。