【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ケンブリッジの朝は、いつも湿った冷気と共にやってくる。窓硝子の外では、灰色の雲が低く垂れ込め、マドレー校の古い煉瓦を濡らしていた。私はいつものようにコートの襟を立て、自転車を走らせる。吐き出す息は白く、ペダルを漕ぐ足の指先は感覚を失いかけていた。しかし、私の胸中にあるのは、この冬の寒さを凌駕する、ある種の静かな高揚感だった。
今日という日は、私の、そして私たちの世界の境界線が書き換えられる日として記憶されるだろう。
研究室の机には、既に刷り上がったばかりの学術雑誌「ネイチャー」が置かれていた。数週間前、トニ・ヒューイッシュ博士と共に書き上げた論文が、ついに活字となって世に放たれたのだ。タイトルには「高速で脈動する電波源の観測」という、いささか控えめな言葉が並んでいる。しかし、その簡素な文字列の背後には、私が昨年の夏から秋にかけて格闘してきた、数マイルにも及ぶ記録用紙の山が隠されている。
目を閉じれば、今でもあの記録計の針が刻む規則正しい音が聞こえてくる。カシャッ、カシャッ、カシャッ。
一九六七年八月、建設したばかりの電波望遠鏡が捉えた、わずか数センチメートルの「屑」のような信号。最初はただのノイズだと思った。あるいは、どこかの不注意なアマチュア無線家が飛ばした電波か、あるいは不調な自動車の点火プラグが発した火花だろうと。しかし、その「屑」は消えなかった。天球の同じ位置から、一・三三秒という、精密機械のような正確さで繰り返される脈動。
私たちは冗談めかして、それを「LGM-1(リトル・グリーン・メン)」と呼んだ。地球外の知性体が、遥か彼方の銀河から私たちに送ってきたメッセージではないかという疑念。その可能性を否定しきれないまま、真夜中の観測所で一人、チャート紙に齧り付いていた時の孤独を思い出す。宇宙の巨大な静寂の中で、たった一人、誰にも聞こえない心臓の鼓動を聴いているような、あの奇妙な感覚。
結局、それはエイリアンからの通信ではなく、死にゆく巨星が自らの骸を残して高速回転する姿――中性子星、すなわちパルサーであることが示唆された。太陽ほどの質量を抱えながら、都市一つの大きさにまで凝縮され、凄まじい速度で回転し、宇宙の灯台のように電波のビームを放つ怪物。
今日、この論文が公開されたことで、宇宙は昨日までの宇宙ではなくなった。これまで「静寂」と「虚無」の象徴であった宇宙の闇の中に、実は目に見えない光を放ち、狂おしいほどに正確なリズムを刻む時計がいくつも隠されていたことが暴かれたのだ。
同僚たちが私の席に集まってくる。祝福の言葉、驚きの声、そして少しばかりの嫉妬を含んだ視線。トニは誇らしげに周囲と議論を交わしているが、私はふと、あの薄暗い観測所の静けさが恋しくなった。マイル単位で広がる草原のような記録用紙の上を、赤いインクを湛えたペンが這い、未知の鼓動を可視化していくあの瞬間。
昼食の時間、私は一人で近くのパブに入り、冷たいエールを喉に流し込んだ。騒がしい店内では、人々が競馬の予想や政治の不満について語り合っている。彼らはまだ知らない。自分たちの頭上、何百光年も離れた漆黒の深淵で、巨大な星の残骸が一秒間に何度も回転し、この星を掠めるように電波を撒き散らしていることを。
窓の外を見ると、雨が上がり、雲の切れ間から冬の淡い太陽が顔を覗かせていた。その光もまた、八分前の太陽の姿に過ぎない。宇宙は過去の断片で満たされている。私が発見したあの脈動も、数千年前、あるいは数万年前の星の断末魔だ。
手元の手帳に、今日の日付を記す。一九六八年二月二十四日。
パルサーの発見は、人類が宇宙の時計を手に入れた日として、歴史の教科書に刻まれるだろう。しかし私にとっては、あの果てしない紙の海の中で、誰にも気づかれずに震えていた「小さな屑」を見つけ出した、あの震えるような冬の夜の延長線上に過ぎない。
今日から世界は、夜空を見上げるたびに、そこにある目に見えない「音」を感じるようになる。
私はグラスを置き、再び自転車に跨った。風はまだ冷たい。だが、耳を澄ませば、この広い宇宙の至るところで、未知の星たちが刻む規則正しい鼓動が聞こえてくるような気がした。
参考にした出来事:1968年2月24日、イギリスの学術誌「Nature」において、ジョスリン・ベル・バーネルとアントニー・ヒューイッシュらによる世界初のパルサー(脈動変光星/中性子星)の発見に関する論文が発表された。これは1967年にケンブリッジ大学の電波天文台で観測されたもので、当初は地球外生命体からの信号ではないかと疑われ「LGM-1」の通称で呼ばれたが、最終的に極めて高密度の星が高速回転する自然現象であることが判明し、天文学における極めて重要な発見となった。