空想日記

2月6日:紙上の摩天楼、あるいは偽りの富のゆくえ

2026年1月9日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

フィラデルフィアの朝は、相変わらず身を切るような冷気に包まれている。デパートの通用口へと向かう道すがら、重く垂れ込めた冬の雲を見上げると、この大恐慌の出口が見えぬ閉塞感そのもののように思えてならない。靴底のすり減った労働者たちが、吐き出す息を白く凍らせながら、職を求めて列をなす光景はもはや日常の一部となってしまった。だが、今日、私が勤めるこの百貨店の玩具売り場に並べられたある「箱」は、そんな灰色の現実をひととき忘れさせてくれる魔法を秘めているのかもしれない。

パーカー・ブラザーズ社から正式に発売されたそのボードゲームの名は、「モノポリー」という。

出勤して早々、私は納品されたばかりの重い木箱をこじ開けた。中から現れたのは、色鮮やかな正方形の盤面と、精巧に作られた小さな鋳鉄製の駒、そして何よりも人々の目を惹きつけるであろう、色とりどりの「紙幣」の束だ。百ドル、五百ドル……。現実の世界ではパン一斤を買うのにも事欠く人々が、この盤上ではいとも簡単に数千ドルの資産を動かし、アトランティック・シティの目抜き通りを買い占めることができる。

開店と同時に、売り場にはどこから聞きつけたのか、少なからぬ人々が詰めかけた。その中に、一人の男がいた。仕立ての古いコートの袖口を丁寧に繕い、疲弊した顔立ちながらも、眼光だけは鋭い。彼は盤面を食い入るように見つめ、ボードウォークやパークプレイスといった地名が刻まれた権利書に指を触れた。

「これが、自分のものになるのか」

男が零した言葉は、祈りのようでもあり、呪詛のようでもあった。彼は慎重に財布を取り出し、溜め込んでいたのであろう数少ない紙幣を、震える手でレジへと差し出した。彼が求めているのは、ただの遊びではない。現実に打ちのめされた自尊心を、紙の上の家やホテルを建てることで、わずかでも癒やしたいのだろう。

私は彼の包装を手伝いながら、このゲームの奇妙な熱狂について考えた。もともとは、一人の失業者が愛する家族を養うために、身の回りの品で手作りしたのが始まりだと聞く。チャールズ・ダロウ。彼もまた、この不況の荒波に揉まれ、すべてを失いかけた男だった。彼が描いたのは、誰もが勝者になれる可能性を秘めた、アメリカの野心の縮図だ。だが、皮肉なことではないか。一人がすべてを独占(モノポリー)するということは、他の全員が破産して退場することを意味する。この華やかなゲームの裏には、弱肉強食という冷徹な資本主義の論理が、これ以上ないほど露骨に組み込まれているのだ。

午後を過ぎる頃には、売り場に用意された在庫はまたたく間に減っていった。サイコロが振られるたびに、一喜一憂する声が聞こえてくる。刑務所へ送られて安堵する者、鉄道を買収して高笑いする者、そして高額なレンタル料を支払えず、手元の土地を抵当に入れる者に。人々は、現実の借金に追われながら、仮想の借金に胸を痛める。その倒錯した情景は、まるでこの時代そのものが巨大な盤上の出来事であるかのような錯覚を抱かせる。

夕刻、仕事を終えて店の外へ出ると、ガス灯の淡い光の中に、先ほどの男の背中が見えた。彼は大切そうに箱を抱え、家路を急いでいた。今夜、彼の狭いアパートの食卓は、ニューヨークの摩天楼にも劣らぬ野望の舞台へと変わるのだろう。偽物の札束を積み上げ、子供たちと「地主」の座を争うひとときだけは、凍てつく冬の寒さも、明日への不安も、彼らを傷つけることはない。

私はポケットの中で、自分の給料袋をそっと確かめた。入っているのは、ゲームの中の紙幣よりもずっと少なく、ずっと重い、現実の数枚の紙切れだ。この紙切れで買えるのは、明日のパンと、そしていつかあの盤上の夢から醒めた時に残る、ささやかな虚無感だけなのかもしれない。

フィラデルフィアの街に、夜の帳が降りる。窓から漏れる灯りの下で、今日も無数のサイコロが投げられ、誰かが栄華を極め、誰かが破滅していく。世界は今、たった一枚の紙の盤面に、自らの失った栄光を必死に投影しようとしている。

参考にした出来事:1935年2月6日、ボードゲーム「モノポリー」の発売。チャールズ・ダロウによって考案されたこのゲームが、パーカー・ブラザーズ社から全米に向けて発売された。世界恐慌下の米国で、「一攫千金」を擬似体験できる内容が爆発的な人気を博し、世界で最も売れたボードゲームの一つとなった。