空想日記

2月8日:真空管の鼓動と電子の夜明け

2026年1月10日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

フィラデルフィアの冬の朝は、石造りの校舎を刺すような寒気で包み込んでいる。しかし、ペンシルベニア大学ムーア・スクールの一角、厚い扉の向こう側だけは、季節外れの熱気に満ちていた。私はコートを脱ぎ捨て、額に滲む汗を拭った。そこには、人知を超えた巨大な「思考する怪物」が鎮座し、低い唸りを上げているからだ。

ENIAC。電子数値積分計算機。そう名付けられたこの鋼鉄の巨躯は、幅三十メートルにわたって壁を埋め尽くし、無数の黒いケーブルを血管のように這わせている。今日、私たちはついにこの怪物を世に問う。軍の機密事項として厚いベールに包まれてきた研究が、ようやく日の目を見るのだ。

部屋に一歩足を踏み入れれば、まず鼻を突くのは焼けた埃と、過熱した絶縁材が放つ独特の匂いである。一万八千本という気の遠くなるような数の真空管が、それぞれに淡い橙色の光を宿し、膨大な熱を発している。その熱量は、冬の寒さを完全に打ち消すどころか、部屋の温度を摂氏四十度近くまで押し上げていた。空冷ファンが悲鳴を上げるような音を立てて回っているが、それでも熱気は淀み、肌にまとわりつく。

私の役目は、各ユニットの稼働状況を最終確認することだ。パネルに並んだ無数のネオンランプが、人間の目では追いきれない速さで点滅を繰り返している。これまでは、弾道計算といえば、広い部屋に並んだ数十人の女性たちが計算機を叩き、数週間、ときには数ヶ月をかけて弾道表を作成していた。それが、目の前のこの機械ならば、砲弾が実際に飛翔するよりも短い時間で、その軌跡を導き出すことができる。秒間五千回の加算。それは神の領域に足を踏み入れるような、畏怖に近い感覚を私に抱かせた。

エッカートとモークリーが、新聞記者たちの到着を前に最終的なプログラムの調整を行っている。パッチコードを繋ぎ変える彼らの手元は、迷いがない。プログラミングとは、論理を物理的な接続に変換する作業だ。コードを差し込み、スイッチを切り替える。そのたびに、機械の内部を電子の奔流が駆け抜け、真空管のフィラメントが僅かに震える。

午後、記者の集団が案内されてきたとき、彼らは一様に息を呑んだ。巨大なU字型の筐体に囲まれた空間で、目まぐるしく点滅するランプの群れを前に、彼らは何を見ているのかさえ理解できていないようだった。デモンストレーションが始まった。難解な微分方程式が投入される。瞬間、ENIACの唸りが一段と高まり、ネオンランプが狂ったように明滅した。そして、一秒にも満たない沈黙の後、パンチカードに結果が刻み込まれた。

会場に、奇妙な静寂が訪れた。記者のひとりが「これは電子の脳なのか」と呟いたのが聞こえた。脳。なるほど、これまでは「計算手(コンピューター)」とは人間の役職を指す言葉だったが、今日を境に、その意味は永遠に書き換えられてしまうのだろう。人間が一生をかけて行う計算を、この怪物は瞬きをする間に終えてしまう。

記者たちが去り、夜の帳が降りた後も、私は一人で機械の前に残った。真空管の熱が冷めることはない。それはまるで、心臓を持ち、体温を宿した巨大な生命体のようだった。私たちは単に計算機を作ったのではない。論理を光の速さで処理する、新しい時代の神話を生み出してしまったのではないか。

窓の外では、フィラデルフィアの街が静かに眠っている。しかし、この部屋の熱気と、鼓動のようなファンの音、そして一万八千の瞳のように輝く真空管の光は、明日からの世界が昨日までとは全く異なるものになることを雄弁に物語っていた。重厚なスイッチを切り、部屋の明かりを落としても、網膜にはあの点滅する光の残像が焼き付いて離れなかった。

参考にした出来事:1946年2月15日、世界初の汎用電子式デジタルコンピュータ「ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)」がペンシルベニア大学で一般に公開された(2月8日は軍関係者やプレスへの事前公開およびデモンストレーションが行われた時期に該当する)。弾道計算を目的として開発されたこの巨大な計算機は、約18,000本の真空管を使用し、それまでの機械式計算機とは比較にならない圧倒的な計算速度を実現した。