空想日記

3月14日:ウルムの鐘楼の下で、静かなる産声

2026年1月13日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

ドイツ連邦、ヴュルテンベルク王国の朝は、いまだ冬の名残を孕んだ冷気の中にあった。窓硝子にこびりついた霜が、朝陽を浴びて鈍く銀色に光っている。私は外套の襟を立て、ドナウ川から吹き付ける湿った風を避けながら、バーンホフ通り二十番地の家へと急いだ。昨夜から始まったパウリーネの陣痛は、夜明けとともにその激しさを増し、家の中はただならぬ緊張感に包まれていた。

台所では湯が煮え立ち、石炭の爆ぜる音と、産婆がせわしなく立ち働く足音だけが響いている。私は居間の隅で、使い古された安楽椅子に深く身を沈め、手持ち無沙汰に指先を組み合わせていた。事業の行先や、これからの生活への不安が、霧のように頭を掠めては消えていく。しかし、それ以上に私の胸を支配していたのは、間もなくこの世に産み落とされるであろう新しい生命への、得も言われぬ畏怖であった。

正午を少し過ぎた頃だったろうか。重苦しい静寂を切り裂いて、鋭い、しかしどこか籠もったような泣き声が響いた。私は弾かれたように立ち上がり、寝室の扉の前まで歩み寄った。そこには、疲弊しきった、しかし聖母のような慈愛を湛えたパウリーネの表情と、産婆の腕に抱かれた赤ん坊の姿があった。

「男の子ですよ、ヘルマン」

産婆の声に促され、私は震える腕でその小さな塊を受け取った。一八七九年三月十四日。私、ヘルマン・アインシュタインの長男が誕生した瞬間であった。

赤ん坊をまじまじと見つめたとき、私は言葉を失った。その頭部は、新生児にしても異常なほど大きく、後頭部が奇妙に突き出していたのである。パウリーネもその異様さに気づいたのか、不安げな眼差しを私に向けてきた。産婆は「じきに形は整います」と気休めを口にしたが、その声には困惑の色が混じっているように思えた。私はその子の重みを感じながら、何とも形容しがたい不安に襲われた。この子は健やかに育つのだろうか。この大きな頭の中に、一体どのような運命が詰まっているというのか。

赤ん坊は、私の不安を余所に、再び深い眠りに落ちていた。その瞼の裏で、彼はどのような夢を見ているのか。ウルムの街の象徴である大聖堂の巨大な尖塔が、窓の外で天を突くように聳え立っている。その影が、静かに部屋の中に伸びてきた。

パウリーネが弱々しい声で「アルベルト」と呼んだ。私たちはあらかじめ決めていたその名を、新しい家族に授けた。アルベルト。平凡な、しかし響きの良い名だ。私はその子の小さな、驚くほど温かい指に触れた。その指が、私の人差し指を強く、確かな力で握り返した。

そのとき、ふと感じたのだ。この子の存在そのものが、我々が知る日常の理とは別の場所からやってきたかのような、奇妙な静謐さを。外ではいつも通りに馬車が石畳を叩き、人々が喧騒の中で生きている。だが、この部屋の空気だけは、まるで時間の流れが緩やかになったかのように、重厚で、かつ透明な静止の中にあった。

私は窓を開け、冷たい空気を吸い込んだ。ドナウの水の匂いと、工場の煙突から吐き出される煤の匂いが混じり合っている。この古びたウルムの街で産声を上げたこの子が、やがてどのような道を歩むのか、私には知る由もない。ただ、この大きな頭を持った我が子が、神の創りたもうたこの世界の神秘を、いつかその瞳で正しく見つめてくれることだけを願わずにはいられなかった。

一八七九年三月十四日。私の人生において、そしておそらくはそれ以上の意味において、決して忘れ得ぬ一日が暮れようとしている。

参考にした出来事
1879年3月14日:アルベルト・アインシュタイン誕生
ドイツ帝国のウルムにて、ユダヤ系家庭のヘルマン・アインシュタインとパウリーネ夫妻の長男として生まれる。出生時、後頭部が大きく形が不自然であったため、家族が心配したという逸話が残っている。後に相対性理論を提唱し、現代物理学の父と呼ばれることになる物理学者の、静かなる生誕の日である。