空想日記

3月17日:伸縮する革新の環

2026年1月13日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

千切れた雲の隙間から、鈍色のロンドンの空が覗いている。春とは名ばかりの冷気が、石畳の隙間から這い上がり、外套の裾を冷たく撫でる。今朝もまた、シティの喧騒は石炭の煙と馬糞の匂いに包まれ、人々の怒鳴り声と馬車の車輪が立てる硬い音が、湿った空気を震わせていた。私はいつものようにホルボーンにあるメッサーズ・ペリー商会の事務所へと足を向けたが、胸のうちはどこか落ち着かなかった。今日という日が、我々の扱う文房具の歴史において、あるいは事務という行為そのものの形を根底から変えてしまう特異点になるのではないか。そんな予感があったからだ。

事務所の扉を開けると、いつものように鼻を突くインクの香りに混じって、どこか焦げたような、それでいて植物の粘り気を感じさせる奇妙な臭気が漂っていた。主人のスティーブン・ペリーは、奥の執務室で山のような書類を前に、一本の細い「紐」と格闘していた。いや、それは紐と呼ぶにはあまりに奇妙な代物だった。茶褐色をした、頼りなげな輪。

「見てくれ、トンプソン」

ペリーは私を招き寄せると、その輪を二本の指で引き絞ってみせた。それは驚くべき弾力をもって引き伸ばされ、指を離した瞬間、パチンという乾いた音と共に元の小さな輪へと戻ったのである。私は思わず息を呑んだ。これまで書類を束ねるものといえば、麻の紐か、あるいは赤蝋で封じられたリボンと決まっていた。紐は結ぶのに手間取り、解くのにも時間がかかる。蝋は一度壊せば元には戻らない。だが、目の前にあるこの奇妙な物質は、自らの形を自在に変えながら、対象を優しく、かつ確実に締め付けている。

これは、チャールズ・グッドイヤー氏が発見した加硫ゴムの技術を応用したものだという。生ゴムに硫黄を加え、熱を投じることで、あのべたつきを取り除き、永久的な弾性を与える。ペリーはその特許を本日、1845年3月17日に取得したのだ。彼はその小さな輪を、机の上に散らばっていた数枚の書簡に括り付けた。紙の端がわずかに撓み、束が一つにまとまる。その鮮やかさは、まるで魔法のようだった。

私はその輪を手に取らせてもらった。指先に伝わるのは、冷たくも温かくもない、不思議な物質の質感だ。強く引けばどこまでも伸びていきそうな予感を孕みつつ、中心に向かって常に帰還しようとする強固な意志を感じる。硫黄の匂いは、文明が自然を飼いならした証左のようにも思えた。ペリーは満足げにパイプを燻らせ、「これは事務の革命だ」と呟いた。銀行家、弁護士、あるいは我々のような商人にとって、情報の断片を瞬時に束ね、また瞬時に解き放つことができるこの道具が、どれほどの時間を生み出すことになるか。

夕刻、特許局からの正式な書状を確認し終えたペリーと共に、私はこの小さな発明品が世界中に広まっていく未来を想像した。今はまだこの事務所の片隅にある、硫黄の臭いのする奇妙な輪に過ぎない。しかし、いずれはあらゆる机の上に、あらゆる家庭の引き出しに、この伸縮する環が当たり前のように存在することになるだろう。

帰り際、私は試供品として数本のラバーバンドを預かった。外套のポケットの中で、それは頼りなく、しかし確かな弾力を持って丸まっている。家に戻り、机の上に溜まった未整理の請求書をこの輪で括ってみた。パチン、という小さな音。その音は、これまでの煩雑な日常が、整然とした秩序へと組み替えられた合図のように聞こえた。窓の外では、夜の帳が降りたロンドンにガス灯が灯り始めている。古い革紐の時代が終わり、しなやかなゴムの時代が幕を開けたのだ。私は今日という日を、この弾力ある感触と共に、長く記憶に留めることになるだろう。

参考にした出来事:1845年3月17日、イギリスのメッサーズ・ペリー商会のスティーブン・ペリーが、世界初となる輪ゴム(ラバーバンド)の特許を取得した。これは加硫ゴムを利用したもので、事務作業の効率化に大きく貢献した。