【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
この数週間、私の肺に溜まったのはカリフォルニアの乾燥した埃ではなく、焼けつくような真空管の匂いと、膨大な機材が吐き出す熱気だった。ハリウッド・ブールバードに建つRKOパンテージ・シアターの舞台裏は、もはや華やかな映画の殿堂ではない。そこは巨大な電子の化け物がのたうち回る、実験室さながらの戦場と化していた。私は今日という日を、一生忘れることはないだろう。映画の都が、その神秘のベールを自ら剥ぎ取り、全米の茶の間へとその魂を切り売りした記念すべき、あるいは恐るべき日として。
午後五時を過ぎた頃、劇場の外は狂乱の渦に包まれていた。サーチライトの光柱が夜空を切り裂き、キャデラックやリンカーンから降り立つスターたちの姿を、群衆の絶叫が迎え入れる。しかし、我々技術陣にとって、その華やかさはモニター越しに確認する記号に過ぎなかった。私の目の前には、NBCが持ち込んだ最新鋭のRCA製カメラ、TK-11が三台、巨大な鉄の塊のように鎮座している。そのレンズは、これまで映画館の銀幕でしか拝めなかった神々の顔を、電子の走査線へと分解し、同軸ケーブルを通じて何千マイルも先へ送り届けるためのものだ。
「オン・エアまであと五分」
インカムから流れるプロデューサーの声が、心臓の鼓動を早める。これまでのアカデミー賞は、業界人だけの閉鎖的なディナー・パーティーだった。だが今夜、ボブ・ホープがマイクの前に立った瞬間、その壁は崩壊する。ハリウッドの魔法が、家庭の居間に置かれた小さな十七インチのブラウン管の中に閉じ込められるのだ。
八時ちょうど。赤い「ON AIR」のサインが点灯した瞬間、劇場内の空気が一変した。ボブ・ホープが軽妙な足取りでステージに現れ、皮肉まじりのジョークを飛ばす。「テレビをご覧の皆さん、あなた方の家は、今やハリウッドの一部です」という彼の言葉に、客席からは笑いが漏れた。しかし、私にはそれが、一つの時代の終焉と、未知の時代の幕開けを告げる宣誓のように聞こえた。
モニターに映し出される映像は、映画フィルムのような深みはないものの、奇妙な生々しさに満ちていた。ゲーリー・クーパーが主演男優賞を受賞した際の、あの照れたような微笑み。シャーリー・ブースが壇上で躓きそうになった瞬間の、人間らしい動揺。これまで念入りに編集され、完璧に整えられてきたスターたちの姿が、一秒の猶予もない「生放送」という冷徹な光の下に晒されていた。
カメラのファインダーを覗き込みながら、私は奇妙な感覚に囚われた。私の指先がダイアルを回すたびに、アイオワの農家でも、ニューヨークの安アパートでも、人々が同時に同じ光景を見ている。数百万の目が、この劇場の熱気を、スターの流す涙の粒を、リアルタイムで目撃しているのだ。それはもはや、単なる授賞式ではなかった。アメリカという国家が、テレビという神経系を通じて一つに繋がる、巨大な儀式であった。
深夜、放送が無事に終了したとき、私は極度の疲労とともに、得も言われぬ空虚感に襲われた。真空管の熱が冷め始め、機材の唸りが止んだ劇場の隅で、私は使い古した台本を眺めていた。今日を境に、映画スターは手の届かない星ではなく、家族と一緒に夕食を囲む隣人のような存在に変わってしまうのかもしれない。硝子管の中に宿った魔法は、大衆に夢を与える代償として、映画が持っていた崇高な距離感を奪い去っていったのだ。
撤収作業を終え、劇場を出ると、外は白々と明け始めていた。ブールバードを掃き清める清掃車の音が、昨夜の狂騒の残骸を片付けていく。私は上着の襟を立て、冷たい朝の空気の中を歩き出した。明日になれば、全米の新聞が「テレビがハリウッドを征服した」と書き立てるだろう。私は、その征服の瞬間に立ち会った一人の目撃者として、ただ重い足取りで家路を急いだ。
1953年3月19日、第25回アカデミー賞授賞式。NBCによって史上初めてテレビ中継が行われ、ボブ・ホープが司会を務めた。ロサンゼルスのRKOパンテージ・シアターとニューヨークのNBCインターナショナル・シアターの二元中継という当時としては画期的な試みであり、全米で約4000万人が視聴したとされる。