【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
気密室を包み込むのは、絶え間なく続く低く湿った機械音と、相棒のブライアンが発する穏やかな寝息だけだった。計器盤の緑色の光が、私の手元をぼんやりと照らしている。この狭小な、しかし強固なアルミのカプセルの中で、私たちは十九日間を過ごしてきた。外部と隔絶されたこの空間で、唯一我々を世界に繋ぎ止めているのは、衛星通信のノイズ混じりの声と、眼下に広がる、神が描いた抽象画のような地球の肌合いだけだった。
午前九時を過ぎた頃、窓の外に広がるモーリタニアの砂漠は、朝の陽光を受けて燃えるような琥珀色に輝いていた。高度一万メートル。ここから見る空は、地上で見上げるような優しい青ではない。宇宙の深淵を予感させる、濃紺、あるいは黒に近い重厚な色彩が、薄い大気の層を押し潰そうとしている。その境界線に、私たちは今、漂っている。
GPSのモニターを見つめる私の指先が、わずかに震えた。西経九度二十七分。かつて、スイスのシャトー・デーを飛び立ったあの瞬間の経度が、刻一刻と近づいてくる。この三週間の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けていった。太平洋上で経験した猛烈な乱気流、凍てつくガスの供給系、そして何よりも、燃料が底を突くのではないかという、心臓を締め上げるような恐怖。幾度となく、私たちは目に見えない風の意志に翻弄され、祈ることしかできない無力さを思い知らされた。
私の祖父オーギュストは成層圏を目指し、父ジャックは深海一万メートルの暗淵へと降りていった。ピカール家の血筋に流れる「未知への渇望」が、私をこの高度へと押し上げたのだとしても、今この瞬間に感じているのは、征服者の昂揚感ではなかった。むしろ、地球という巨大な生命体の一部として、ただ風の流れに身を委ね、許容されたことへの深い感謝だった。私たちは風に勝ったのではない。風が、私たちを運んでくれたのだ。
午前九時五十四分。計器の数字が、決定的な瞬間を告げた。
出発点の経度を超えた。見えない円環が、今、閉じられた。
「ブライアン、起きてくれ。やり遂げたぞ」
寝袋から這い出してきたブライアン・ジョーンズの顔には、疲労の影を上回るほどの、子供のような純粋な笑みが浮かんでいた。私たちは言葉もなく抱き合った。分厚いグローブ越しでも、互いの体温が伝わってくる。一九九九年三月二十日。人類が初めて、気球による無着陸世界一周という果てなき夢を現実のものとした日として、歴史は刻まれるだろう。
窓の外に目を向けると、アフリカの赤い大地はどこまでも平伏し、その先には地平線の曲線が緩やかに描かれていた。境界線のない世界。そこには国境も、争いも、人種の違いさえも存在しない。ただ、太陽の光と風の道があるだけだ。燃料の残量はわずかだが、もはや焦りはない。エジプトの砂漠に降り立つまで、あと少しの時間、この静寂と調和を味わっていたい。
カプセルの中の酸素供給器が、シュッという音を立てて新しい空気を送り込んできた。それは少しだけ金属の味がしたが、これまでに吸ったどんな大気よりも清々しく、勝利の余韻に満ちていた。私はログブックに最後の一行を書き加え、ペンを置いた。風の導きに感謝を捧げながら、私は深く、深く、目を閉じた。
参考にした出来事:1999年3月20日、ベルトラン・ピカールとブライアン・ジョーンズが操縦する気球「ブライトリング オービター 3」が、史上初の無着陸世界一周飛行を達成した。スイスを出発してから19日21時間47分、モーリタニア上空で出発点と同じ経度を通過し、円環を完結させた。翌21日にエジプトの砂漠に着陸した。