【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
重たい朝霧がチャールズ川から這い上がり、ボストンの街並みを湿った灰色に染め上げている。私の指先は、夜通しの作業ですっかりインクに汚れ、石鹸で洗っても落ちない黒い染みが爪の間に深く刻み込まれている。ランプの油が尽きかけ、かすかなパチパチという音と共に、編集室の空気は冷え切った。だが、私の目の前にあるゲラ刷りの紙面には、まだ乾ききらぬ黒々とした文字が、静かな熱を帯びて並んでいる。
ボストン・モーニング・ポスト紙の編集長、チャールズ・ゴードン・グリーン氏は、この街で最も機知に富み、かつ悪戯心に溢れた御仁だ。昨夜、彼が私の机に放り投げた原稿には、思わず二度見してしまうような妙な符牒が紛れ込んでいた。それは、プロヴィデンスの「反鐘鳴らし協会」なる風変わりな連中の活動を揶揄する、痛快な皮肉に満ちた記事の末尾にあった。
「o.k.」
活字を拾う際、私は一瞬、手を止めた。誤字ではないかと考えたのだ。本来ならば「All Correct」と記すべきところだろう。あるいは、近頃の若者や新聞記者たちの間で流行している、わざと綴りを崩して略語にするという、あのいささか品のない言葉遊びの一環だろうか。彼らは「All Right」を「o.w.(oll wright)」と書き、「No Go」を「n.g.(know go)」と記して悦に入っている。
グリーン氏に確認すると、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、羽根ペンを耳に挟んでこう言った。「そのままでいい。oll korrect、つまり万事良好という意味だ。読者諸君がこの三文字の謎に首を傾げ、やがてその響きの良さに気づくのを見るのは愉快だと思わないか?」
私は言われた通り、鉛の活字を一つずつ慎重に組んでいった。小文字の「o」、そして「k」。それらは、巨大な印刷機が吐き出す何千枚もの紙束の中に紛れ、今日、ボストンの家庭やコーヒーハウスへと運ばれていく。冷たい朝の空気の中、石炭の煙と馬糞の匂いが混じり合う通りを、新聞配達の少年たちが勢いよく駆け抜けていく音が聞こえる。
この二つのアルファベットが、果たして明日まで生き残る言葉なのか、それとも一時の悪ふざけとして歴史の塵に埋もれていくのか、今の私には知る由もない。しかし、活字を組み終えた瞬間の、あの奇妙な収まりの良さは何だったのだろう。短く、潔く、そしてどこか肯定的な響き。
今、窓の外では、昇り始めた太陽が霧を切り裂き、マサチューセッツ州議事堂の黄金のドームを照らし始めている。私は冷え切ったコーヒーを一口啜り、汚れきった自分の手を見つめた。今日という日が、この新しい言葉が示す通り、万事良好な一日であることを願わずにはいられない。
新聞の束が荷馬車に積まれ、車輪が石畳を叩く乾いた音が街に響き渡る。1839年3月23日。ボストンの街角で、新しい時代の呼吸が、たった二文字の活字となって産声を上げた。
1839年3月23日、ボストン・モーニング・ポスト紙において「O.K.」という言葉が初めて活字として掲載された。これは当時の流行であった「oll korrect(all correctの意図的な誤綴り)」の略称として、編集者のチャールズ・ゴードン・グリーンが風刺記事の中で用いたものである。その後、この言葉は1840年の大統領選挙でマーティン・ヴァン・ビューレン大統領の愛称「Old Kinderhook」と掛け合わされて普及し、世界で最も有名な承認の言葉となった。