空想日記

3月4日:揺らぎと産声、赤き旋律の萌芽

2026年1月11日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

アドリア海から吹き付ける湿った風が、大運河の濁った水面を執拗に叩いている。サン・マルコ広場の鐘楼が遠くで時を告げる音が、霧に包まれたヴェネツィアの路地に重く沈み込んでいく。今朝の空気は、例年になく刺すような冷たさを孕んでいた。理髪師としての仕事道具を整えながら、私は窓の外を眺め、この水の都を包む不穏な静寂に胸騒ぎを覚えていた。

妻、カミッラの陣痛が始まったのは、夜が明ける少し前のことだった。すでに五人の子を成してきた彼女だが、今回の産気付きはこれまでにないほど激しく、また唐突なものだった。私はサン・マルコ大聖堂の楽団でヴァイオリンを弾くという、神聖かつ名誉ある務めを果たす一方で、この家を支える職人でもある。しかし、今日ばかりは剃刀を握る手も、弦を鳴らす指先も、言いようのない震えを抑えることができなかった。

その時だった。

足元から、地鳴りのような響きが立ち上がってきたのは。ヴェネツィアの軟弱な地盤を支える何万本もの杭が、悲鳴を上げているかのように軋んだ。棚に並べた香油の瓶が踊り、窓枠が激しくガタガタと音を立てる。地震だ。この水上の迷宮において、大地が揺れることほど恐ろしいことはない。サン・ジョヴァンニ・イン・ブラゴラ教会の尖塔が崩れ落ちるのではないかと、私はカミッラの寝室へ駆け込みながら、神に祈った。

揺れが収まらぬうちに、その叫びは上がった。

地震の衝撃を切り裂くようにして響いたのは、生まれたばかりの赤子の産声だった。それは、かつて聞いたどの音楽よりも鋭く、それでいてどこか透明な響きを湛えていた。カミッラの腕の中で、ひどく痩せ細った小さな生命が、懸命に空気を求めて喘いでいる。赤ん坊の頭には、驚くほど鮮やかな、炎のような赤い髪が張り付いていた。私の家系、ヴィヴァルディの血がもたらした「赤毛」だ。

しかし、産婆のマルゲリータの顔は青ざめていた。地震の混乱もさることながら、赤ん坊の呼吸が余りにも浅く、胸の動きが危うい。ヴェネツィアの冬の湿気は、時として生まれたばかりの純粋な魂を、あっけなく神の元へと連れ去ってしまう。
「一刻を争います、ジォヴァンニ・バッティスタ。この子の命は長くは持たないかもしれません。家で洗礼を授けなさい」

マルゲリータの言葉に、心臓が凍りつくような思いがした。地震という天の変事の最中に生まれ、今にも消え入りそうなこの小さな命。私は震える手で聖水を汲み、弱々しく動くその額に指を当てた。教会の司祭を待つ余裕などなかった。万が一、神の祝福を受けぬままこの世を去ることになれば、この子の魂は永遠に彷徨うことになる。

「父と子と聖霊の御名において、汝をアントニオ・ルチョと名付ける」

私の唇から漏れた言葉は、地震の後の静寂に吸い込まれていった。アントニオ。私の父の名であり、この子の守護聖人となるべき名だ。奇跡的に、洗礼を終えた直後、赤ん坊は一度大きな呼吸をし、再び激しく泣き声を上げた。その声は、先ほどまでの危うさが嘘のように、力強いリズムを持って室内に響き渡った。

私は窓を開け、霧の立ち込める運河を眺めた。地震の混乱に包まれていた街は、今や何事もなかったかのように、冷たい水の底に静まり返っている。カミッラは疲れ果てて眠りにつき、赤毛のアントニオは、まるで天から降り注ぐ光をその小さな体で受け止めているかのように見えた。

この子は、地震と共に生まれ、死の淵から引き返してきた。神は、このか細い喉にどのような旋律を託されたのだろうか。窓から差し込む冬の淡い光が、赤ん坊の赤い髪を燃えるように照らし出している。その輝きは、ヴェネツィアの暗い運河の底を照らす、一筋の希望のように私には思えた。

1678年3月4日。今日という日を、私は生涯忘れないだろう。大地が震え、天が咆哮したその瞬間に、私の息子、アントニオ・ヴィヴァルディはこの世に生を受けたのだ。いつかこの子が、私が奏でるヴァイオリンの弦の震えよりも、もっと深く、もっと鮮やかに、この世の美しさを歌い上げる日が来ることを、私はヴェネツィアの冷たい風の中で、密かに、しかし確信を持って祈った。

参考にした出来事
1678年3月4日、作曲家アントニオ・ヴィヴァルディがイタリアのヴェネツィアで誕生。ヴィヴァルディはヴェネツィアを襲った地震の最中に生まれたと伝えられており、体が非常に弱かったため、生後すぐに助産師の手によって緊急の洗礼(家での洗礼)が行われました。父ジォヴァンニ・バッティスタは理髪師であり、サン・マルコ大聖堂の楽団に所属する優れたヴァイオリニストでもありました。ヴィヴァルディの最大の特徴である「赤毛」は、彼の家系の特徴であり、後に彼が司祭となった際に「赤毛の司祭(プレテ・ロッソ)」と呼ばれる由来となりました。