【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
湿った土の匂いが、夜明け前の冷気と共に鼻腔を突き抜ける。テヴェレ川から立ち昇る深い霧がパラティヌスの丘を包み込み、我々の足元を白くぼかしていた。私は握り締めた槍の冷たさに耐えながら、沈黙の中でその時を待っていた。目の前には、アルバ・ロンガから我らを率いてきたロムルスが立っている。彼の背中は、まるでこの丘の岩肌の一部であるかのように不動であり、その視線はただ一点、昇りゆく太陽が最初に触れるであろう地平を見据えていた。
数日前、アウェンティヌスの丘に立ったレムスは六羽の禿鷲を見たと言った。しかし、このパラティヌスに立ったロムルスは、その倍、十二羽の翼が天を舞うのを目撃した。神々の意思は示されたのだ。この荒れ果てた丘こそが、我らの、そして我らの子孫が永遠に住まうべき地となる。
太陽の端が地平線から顔を覗かせた瞬間、ロムルスが動いた。彼は青銅の刃をつけた重い鋤を手に取り、白銀の毛並みを持つ牡牛と牝牛に声をかけた。鋤が大地を切り裂く鈍い音が、静寂を破って響き渡る。ロムルスは円を描くように歩き始めた。それは単なる溝ではない。神聖なる境界、ポメリウムだ。掘り返された湿った黒土が左右に分かれ、内側へと積み上げられていく。
私はその光景を、息を呑んで見守っていた。土を掘り返す音、牛の荒い鼻息、そして草を踏みしめるロムルスの足音。それらすべてが、世界の産声のように聞こえた。この溝の内側は秩序の世界となり、外側は混沌の荒野となる。我々はその境界を、命を懸けて守らねばならない。
しかし、その神聖な儀式を切り裂くように、嘲笑が響いた。
霧の中から現れたのは、レムスだった。彼の顔には、兄への敬意など微塵もなかった。彼は掘り起こされたばかりの低い土の盛り上がりを指差し、鼻で笑った。
「これが壁か? これが我らを敵から守るというのか?」
レムスは挑発するように、ロムルスが刻んだばかりの境界線を、いとも容易く飛び越えてみせた。
「見ていろ、この通りだ。赤子でも越えられるではないか」
その瞬間、空気が凍りついた。ロムルスの背中が激しく震え、彼の手から鋤が落ちた。彼が振り返った時、その瞳に宿っていたのは、もはや兄弟への愛ではなかった。それは、法を犯す者への仮借なき怒りであり、建国という狂気にも似た義務感であった。
「我が壁を越える者は、何人たりともこうなるであろう!」
ロムルスの叫びと共に、鋭い一撃がレムスを襲った。何が起こったのかを理解するよりも早く、レムスの体は大地に崩れ落ちた。先ほどまで聖なる境界であったはずの溝に、鮮やかな赤い血が流れ込む。黒い土がその血を貪欲に吸い込み、どす黒く変色していく。レムスの瞳から光が消え、彼の体からは、先ほどまで彼を動かしていた傲慢さが、霧散するように消えていった。
静寂が再び丘を支配した。ロムルスは返り血を浴びた顔で、弟の亡骸を冷たく見下ろしていた。彼の表情には、悲しみよりも、退路を断った者の峻烈な決意が刻まれていた。血によって清められたのか、あるいは血によって呪われたのか。いずれにせよ、この瞬間、この場所はただの丘ではなくなった。
私は震える手で槍を握り直した。地面に流れた血の匂いが、朝露に濡れた草の香りと混ざり合い、奇妙に甘く、重苦しい空気を生み出している。ロムルスは再び鋤を手に取り、何事もなかったかのように境界を引き始めた。弟の死体を跨ぎ、彼はただひたすらに、土を掘り進める。
空は高く晴れ渡り、十二羽の禿鷲が再び頭上を旋回し始めた。
今日、我々はこの丘に杭を打ち、壁を築く。流された血は礎となり、この地に刻まれた溝は、決して侵されざる国の境界となるだろう。
この日の出来事を、後世の者は何と呼ぶのだろうか。レムスの死という代償を払って産声を上げたこの街を、彼らは何と語り継ぐのだろうか。
私は、足元の血に濡れた土を見つめ、ただ「ローマ」という名の重みを感じていた。まだ何もないこの丘の上に、永遠の都の影が、長く、不気味なほどに力強く伸び始めていた。
参考にした出来事
紀元前753年4月21日:ローマの建国記念日(Palilia)。伝説上の初代国王ロムルスが、パラティヌスの丘に都市ローマを築いたとされる日。双子の兄弟レムスとの境界争いの末、ロムルスがレムスを殺害し、自らの名を冠した都市を建設したという神話的事件に基づいている。