【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
夜明け前のケネディ宇宙センターは、まだ薄闇に包まれ、しっとりとした潮風が湿気を含んで肌を撫でた。時計の針は午前8時を少し回ったばかりだが、私はもう何時間も前から、この管制棟の窓から外を眺め続けている。遠くに見える発射台39Bには、ディスカバリー号が、あの白い巨体が、まるで未来から来た幻のように静かにそびえ立っていた。そのペイロードベイには、私たちが何十年もかけて磨き上げてきた「ハッブル」が納められている。人類の、宇宙への新たな眼差しが。
胸の奥が、氷と炎を同時に抱えているかのようにざわついていた。昨晩はほとんど眠れなかった。コーヒーを何杯飲んだか覚えていない。同僚たちも皆、青白い顔をして、しかしその瞳の奥には、抑えきれない興奮と、微かな不安が揺らめいている。これまで幾度となく延期を経験してきた。技術的な問題、天候不良、そしてチャレンジャー号の悲劇。その度に、私たちの心は深く沈んだ。しかし、そのたびに、私たちは立ち上がり、修正し、再構築してきた。今日こそが、そのすべての努力が報われる日なのだ。
無線から聞こえる通信は、まるで別の世界の言葉のようだった。専門用語が飛び交い、最後のチェックリストが読み上げられていく。燃料タンクの圧力、エンジンの準備、搭乗員の最終確認。一つ一つの言葉が、私の鼓動を早める。「Go for launch, Discovery.」その声を聞いた瞬間、隣に立っていたマイクの拳が、微かに震えているのが見えた。彼もまた、私と同じくらい、この計画に人生を捧げてきた人間だ。
午前8時33分、ついにカウントダウンが最後の数字に到達した。
「…three…two…one…ignition!」
一瞬の静寂の後、それは来た。まず、地底から響くような、腹の底を揺さぶる轟音。それは空気そのものが悲鳴を上げているかのようで、窓ガラスが微かに振動した。遥か彼方の発射台の基部から、オレンジ色の炎が噴き出し、瞬く間に白い煙の巨大な柱が空に向かって立ち上がった。まるで太古の神々が、地球の核から力を引き出しているかのような、途方もないエネルギーの解放だった。
白い煙の海の中から、ディスカバリー号がゆっくりと、しかし確実に浮き上がり始めた。その動きは、まるで時間自体が遅くなったかのようだった。オレンジの炎の尾を長く引き、鈍重な巨体が、信じられないほどの力強さで空を目指していく。煙は広がり、やがて空を覆い尽くし、太陽の光をぼんやりとさせる。しかし、その光芒は、一切の雲を貫き、どこまでも続く青い宇宙へと向かっていた。
「上がった…」誰かがつぶやいた。
私はただ、その光景を、息をすることさえ忘れて見つめていた。ロケットはぐんぐん加速し、地平線へと向かう。轟音はまだ届いているが、徐々にその音は弱まり、代わって人々の歓声と、無線から聞こえる興奮した声が管制棟を満たしていった。モニターには、ディスカバリー号の高度と速度がリアルタイムで表示され、その数字が猛烈な勢いで上昇していく。
「SRB separation confirmed!」
その報告が無線から響いた時、私は思わずガッツポーズをした。固体ロケットブースターが分離され、ディスカバリー号はメインエンジンのみでさらに加速していく。視界から消えてもなお、残された燃焼の痕跡が、青い空に白い筋となって残されていた。それは、地球を離れていく、希望の軌跡だった。
そして、ついにその報告が来た。「MECO! Main Engine Cut Off!」
主要エンジンの停止。そして、「Orbital Insertion confirmed!」
軌道投入成功。その言葉が聞こえた瞬間、管制棟は歓喜の嵐に包まれた。皆が立ち上がり、抱き合い、肩を叩き合った。数人の目には涙が光っていた。私もまた、目頭が熱くなるのを感じた。
このハッブル計画は、単なる科学プロジェクトではない。それは人類が、自身の存在の根源を問い、無限の宇宙の真理を探求しようとする、古くからの夢の結晶だ。今、その夢を乗せた望遠鏡が、ついに宇宙へと旅立った。これからハッブルが私たちに見せてくれるであろう、星々の誕生と死、遥か彼方の銀河、そして宇宙の果ての姿。それは、きっと私たちの想像を遥かに超えるものだろう。
ディスカバリー号は今、地球の軌道に乗った。やがて、ペイロードベイの扉が開き、ハッブルは広大な宇宙空間へと解き放たれる。その時、私たちは、地球という揺りかごから、宇宙という無限のキャンバスに、新たな眼差しを向けることになる。
長い一日だった。しかし、これは始まりに過ぎない。
宇宙の瞳は、今、その旅を始めたばかりだ。
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参考にした出来事
1990年4月24日:ハッブル宇宙望遠鏡がスペースシャトル・ディスカバリー号(STS-31)で打ち上げられた。この望遠鏡は、地球大気の影響を受けずに宇宙を観測することを目的として開発され、宇宙の年齢、膨張速度、ブラックホールの存在など、天文学における多くの発見に貢献した。