空想日記

5月18日:神話の入り口に立つ巨鳥

2026年1月17日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

フロリダの五月は、すでに肌を刺すような湿り気を帯びている。夜明け前のケープ・ケネディは、大西洋から吹き寄せる塩を含んだ風が、発射台に鎮座する巨体をなめるように通り抜けていった。午前四時、私は冷え切ったコーヒーを流し込み、管制センターのモニターの前に座った。目の前のガラス越し、数マイル先にそびえ立つサターンV型ロケットは、照明灯に照らされ、この世のものとは思えないほど白く、そして静謐だった。

AS-505。我々が心血を注いできたこの機体は、今日、三人の男を乗せて月へと旅立つ。アポロ10号。それは、人類が月に降り立つための、最後にして最大の「リハーサル」だ。

午前中、秒読みが進むにつれ、発射場の空気は目に見えるほどの緊張感に支配されていった。ロケットの極低温燃料タンクからは、液体酸素が気化して白い霧が絶え間なく溢れ出し、まるで巨獣が静かに息を吐いているかのようだ。望遠鏡で覗くと、司令船「チャーリー・ブラウン」と着陸船「スヌーピー」が格納された頂部が、朝陽を浴びて鈍く輝いている。

十一時を過ぎる頃には、管制室内の音は計器のクリック音と、ヘッドセットから漏れるスタフォード船長たちの落ち着いた声だけになった。誰もが知っている。これは「ただの練習」ではないことを。月面からわずか八・四海里まで接近し、着陸以外の全工程を完遂する。その重圧は、本番の着陸と何ら変わりはない。もしここで何かが狂えば、夏の「本番」は永遠に失われるのだ。

十二時四十九分。カウントダウンがゼロを示した瞬間、私の視界は閃光に塗りつぶされた。

最初は音ではなかった。足の裏から突き上げてくる、地球そのものが悲鳴を上げているような激しい震動だ。遅れてやってきた咆哮は、鼓膜を突き破らんばかりの圧力となって我々の体を揺さぶった。五基のF-1エンジンが吐き出す十五万ポンドの推力が、三千トンを超える鋼鉄の塊を、ゆっくりと、だが確実に重力から解き放っていく。

「リフトオフ、アポロ10号」

誰かの叫びが通信に混じる。サターンVは、自らが引き起こした爆風と噴煙の雲を切り裂き、垂直に昇っていった。青い空を背景に、黄金色の巨大な炎の尾を引くその姿は、人類の意志を物質化した槍のようだった。高度が上がるにつれ、爆音は地響きへと変わり、やがて静寂が戻ってきた。ただ、空には白い航跡雲だけが、巨大な傷跡のように残されていた。

夕刻、仕事を終えて外に出ると、空にはまだ薄っすらと月が浮かんでいた。今、あの三人はあの白い球体に向かって、時速二万マイルを超える速度で虚空を突き進んでいる。彼らは月の裏側へ回り、誰も見たことのない景色を眺め、そして着陸船「スヌーピー」で月面に指が届くほどの距離まで降りていく。

我々は今日、神話の門を叩いたのだ。鍵はもう回された。あとは、彼らが無事に帰還し、最後の一歩を次の者に託すのを待つだけだ。家に帰ったら、子供たちに今日のロケットの話をしてやろう。歴史という名の巨大な歯車が、確かに目の前で回ったのだと。

参考にした出来事
1969年5月18日、アポロ10号の打ち上げ。アポロ計画における4度目の有人飛行であり、月着陸に向けた最終リハーサルとして行われた。司令船「チャーリー・ブラウン」と月着陸船「スヌーピー」を用い、月周回軌道上で着陸船を月面から高度約15キロメートルまで下降させるなど、着陸本番(アポロ11号)に必要なすべての手順が検証された。