空想日記

5月4日:泥濘と鉄錆のなかの夜明け

2026年1月17日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

肌にまとわりつく湿気は、まるで濡れた重い毛布を背負っているかのようだ。夜明けとともにパナマの密林から立ち昇る靄は、腐敗した落葉と、饐えた泥土の匂いを孕んでいる。私は今朝、パナマ市にある旧フランス運河会社の事務所、通称「カテドラル広場」を見下ろすバルコニーに立っていた。視界の先には、かつてレセップスが夢見た、そして無数の死体と破産によって潰えた壮大な計画の残骸が、幽霊のように佇んでいる。

午前七時三十分。式典は驚くほど静かに、そして事務的に執り行われた。華美な軍楽隊も、熱狂的な民衆の歓声もない。ただ、アメリカ合衆国を代表するマーク・ブルック少尉が、フランス側の代理人から建物の鍵を受け取り、一枚の受領証に署名しただけだ。その紙切れ一枚で、この呪われた地峡の運命が、老いた欧州から若き北米の巨人の手に渡った。

バルコニーから見下ろすと、古びたフランス国旗がゆっくりと降ろされ、代わりに星条旗が翻った。その瞬間、私は奇妙な戦慄を覚えた。この旗の下で、これからどれほどの命がこの赤土に飲み込まれることになるのだろうか。先任のフランス人技師たちが残していった錆びついた掘削機は、ジャングルの蔦に絡みつかれ、まるで巨大な先史時代の獣の骨格のように見えた。彼らはここで、黄熱病とマラリアという見えない敵に追い詰められ、泥の中で息絶えていったのだ。

式典の後、私は馬に乗り、クブラ・カットの掘削現場へと向かった。五月は雨季の始まりだ。行く手には不気味なほど黒い雲が垂れ込め、遠くで雷鳴が轟いている。道中、放棄された村をいくつも通り過ぎた。かつては数千人の労働者で賑わったであろうキャンプは、今やシロアリとカビの楽園と化している。診療所の跡地には、割れた薬瓶が無数に散らばり、地面にはフランス語で刻まれた墓標が、雑草に埋もれながら辛うじてその存在を主張していた。

現場に着くと、すでにアメリカ人の先遣隊が測量を始めていた。彼らの顔には、この地が「白人の墓場」と呼ばれていることへの恐怖よりも、文明の力で自然を屈服させようとする不遜なまでの自信が漲っている。彼らは知らないのだ。雨が降り始めれば、この赤い粘土質の土壌がどれほど執拗に足を取り、掘削した側から土砂崩れを起こしてすべてを無に帰すかを。そして、夕暮れとともに立ち昇る蚊の群れが、いかに音もなく死を運んでくるかを。

「今日から、時計の針が再び動き出した」

現場監督の一人が、泥にまみれた長靴を叩きながら私に言った。確かにその通りだ。セオドア・ルーズベルト大統領の意志は、このパナマの熱気に屈することはないだろう。アメリカはフランスの失敗を教訓とし、まずはこの「死の病」を媒介する蚊を駆逐することから始めるという。科学と、莫大な資本。それらが、この峻厳な山々を切り開き、太平洋と大西洋を結ぶという、神をも畏れぬ所業を成し遂げる武器となるのだ。

夕刻、事務所に戻ると、デスクの上には未処理の書類が山積みになっていた。ペンを取り、日誌の最後に今日の日付を記す。窓の外では、スコールが叩きつけるような音を立てて降り始めた。暗闇の中、星条旗が雨に濡れ、重く垂れ下がっている。明日から、本格的な工事が再開される。それは人間と、荒ぶる自然との果てしない消耗戦の始まりを意味している。

私はランプの火を消し、深い溜息をついた。湿った空気の中に、かすかに錆びた鉄の匂いが混じっている。それは、かつての敗北の匂いであり、これから始まる新たな闘争の匂いでもあった。1904年5月4日。今日、歴史はこのイスムス(地峡)で、その重い扉を再び押し開けたのだ。

参考にした出来事:1904年5月4日、パナマ運河建設の再開。フランスの「新パナマ運河会社」からアメリカ合衆国へ資産と権限が正式に譲渡され、マーク・ブルック少尉がパナマ市でその引き渡しを受けた日。これにより、アメリカによるパナマ運河建設が正式に開始された。