空想日記

6月17日:鋼鉄の骨組と銅の肌、海を渡りし女神の沈黙

2026年1月20日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

夜明け前のニューヨーク港は、乳白色の霧に深く包まれていた。湿り気を帯びた初夏の風が、ハドソン川の河口から塩の香りを運んでくる。私は昨夜からほとんど眠れぬまま、サウス・ストリートの桟橋に立っていた。足元では汚れた海水が杭を叩き、鈍い音を立てている。周囲には、私と同じように血走った目をしながらも、期待に胸を膨らませた群衆が膨れ上がっていた。誰もが南の水平線を見つめ、霧の向こうから現れるはずの「彼女」を待っていた。

午前中、霧が陽光に焼かれて薄れ始めると、港の静寂は一変した。数え切れないほどの蒸気船やヨット、そしてタグボートが、黒い煙を吐き出しながら一斉に汽笛を鳴らし始めたのだ。耳をつんざくような咆哮が、マンハッタンのビル街に反響する。その狂騒の只中、ベドロー島へと続く水路に、三本マストの威厳ある姿が現れた。フランス海軍の輸送船「イゼール号」だ。

船体は長い航海の疲れを見せ、喫水線には藻が付着していたが、その甲板に整然と積まれた木箱の山を見た瞬間、私の喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。あの巨大な箱の中には、バラバラに解体された銅板の断片――自由を象徴する女神の指先、松明を持つ腕、そして威厳に満ちたあの顔が、油紙に包まれて眠っているのだ。フランスから贈られた、我ら共和国へのあまりにも過分な贈り物。七つの海を越えて届いた、二百一箱の重厚な歴史の断片がそこにあった。

イゼール号が近づくにつれ、アメリカ海軍の軍艦「パウハタン号」をはじめとする祝賀艦隊が、一斉に祝砲を放った。腹に響く砲声が空気を震わせ、火薬の焦げた匂いが鼻を突く。港を取り囲む全ての船が、狂ったように汽笛を鳴らし、人々は帽子を空に投げ、喉が裂けんばかりに叫んでいた。「リバティ!」「フランス万歳!」という叫びが、波のように寄せては返す。

私は、ピューリッツァー氏が新聞紙上で繰り広げた募金運動のことを思い出していた。台座の建設費用が足りず、この女神がニューヨークに居場所を失いかけた時、この街のしがない労働者や子供たちが、なけなしの小銭を差し出して彼女を迎え入れようとしたのだ。今日、海を埋め尽くすこの熱狂は、単なる他国からの贈り物への歓迎ではない。自分たちの手で、この国の象徴をこの港に定着させようとする、民衆の誇りの発露なのだ。

午後、イゼール号がベドロー島の桟橋に静かに接岸した。まだ未完成の、石積みの巨大な台座が彼女を待ち構えている。今はまだバラバラの部品に過ぎないが、いずれエッフェル氏の設計した鋼鉄の骨組が組まれ、バルトルディ氏が命を吹き込んだ銅の肌が覆われる時、彼女はこの港の、いや、世界の灯台となるだろう。

太陽がハドソン川の向こう側に沈み始め、港は黄金色に染まった。祭りのあとのような静けさが戻りつつある中、私は最後にもう一度だけイゼール号の影を振り返った。箱の中に閉じ込められた女神は、まだその眼を開いてはいない。しかし、自由を渇望し、旧世界を逃れてこの港に辿り着く何百万という人々を、彼女が見つめる日はそう遠くないはずだ。

日記を閉じる今も、耳の奥には祝砲の轟音が残っている。1885年6月17日。私は今日、歴史の巨大な歯車が、重々しくも確かな音を立てて回る瞬間を目撃したのだ。この街の空気は、明日から少しだけ、誇り高く変わっているに違いない。

参考にした出来事:1885年6月17日、フランスからアメリカ合衆国に贈られた「自由の女神像(正式名称:世界を照らす自由)」のパーツを積んだフランス海軍の輸送船イゼール号が、ニューヨーク港に到着した。女神像は214個の木箱に分けて解体されており、その後、約4ヶ月をかけて現在のリバティ島(当時はベドロー島)で組み立てられた。