【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
朝から雲一つない快晴だった。ハドソン川を渡るフェリーの甲板に立つと、六月の湿り気を帯びた風が、我らニューヨーク・ニッカーボッカー・クラブの団員たちの火照った顔をなでる。対岸のニュージャージー、ホボケンの緑地は、マンハッタンの喧騒を逃れてきた我々にとって、まさに「エリュシオンの野」と呼ぶにふさわしい静謐を湛えていた。だが、今日この地で行われるのは、単なる散策ではない。アレクサンダー・カートライトが心血を注いで成文化した「二十ヶ条の規約」に基づく、歴史上かつてない組織的な試合の幕開けである。
正午を過ぎる頃、我々はエリジアン・フィールズの芝生の上に立った。草の匂いが鼻を突き、微かに塩気を含んだ川の香りが混じる。対戦相手の「ニューヨーク・ナイン」の面々は、いずれも血気盛んな若者たちだ。彼らもまた、我々の定めた新たな規約――「打者に球をぶつけてアウトにしてはならない」「一塁、二塁、三塁の順で走る」といった、野蛮なタウン・ボールを洗練された紳士の遊戯へと昇華させるためのルール――を尊重することを誓い、握手を交わした。
試合が始まると、周囲の空気は一変した。私が守る二塁の地点からは、マウンドに立つ投手の投げる球が、地面を這うようなアンダーハンドで放たれるのが見える。グローブなどという軟弱なものは存在しない。素手で受け止める白球の衝撃は、掌を通じて骨まで響く。それは痛みというより、むしろ生々しい生命の躍動に近い感覚だった。打者がトネリコの木で作られた無骨なバットを振り抜くと、乾いた音が草原に響き渡った。
カートライトが審判として厳格に目を光らせる中、試合は進んだ。彼は些細な罵り言葉さえも許さず、品位を欠いた振る舞いには即座に罰金を科した。規律こそが、この競技をただの球遊びから、文明人のスポーツへと変えるのだという彼の信念が、その峻厳な立ち姿から伝わってくる。
残念ながら、我々ニッカーボッカーズの結果は惨愩たるものだった。ニューヨーク・ナインの俊敏な動きと正確な打撃の前に、我々は防戦一方となり、結局二十三対一という大差で敗北を喫した。規約によれば「二十一エース(点)」を先取した方が勝者となる。彼らはわずか四イニングでその基準に達してしまったのだ。
だが、敗北の悔しさよりも、不思議な高揚感が胸を支配していた。試合が終わる頃には、西日が長く伸び、エリジアン・フィールズを黄金色に染めていた。泥にまみれたズボン、赤く腫れた掌、そして心地よい疲労感。我々は汗を拭いながら、互いの健闘を称え合った。これまでの無秩序な遊びとは違う、明確な線と数字によって管理された新しい競技の誕生。その立ち会人となったことの誇りが、我々の間に無言の連帯感を生んでいた。
マンハッタンへ戻る帰りのフェリーの中で、私は手帳を取り出した。今日という日、この場所で、何かが決定的に変わったのだと感じる。かつて子供たちの遊びだったものは、今や大人が真剣に、そして紳士的に競い合う「野球」という名の新しい文化へと脱皮した。ハドソン川を赤く染める夕陽を眺めながら、私は確信した。いつか、この広場だけでなく、全米のいたる場所で白球が舞い、人々が熱狂する日が来ることを。
掌の熱はまだ引かない。この熱こそが、今日我々がエリジアン・フィールズの土に刻んだ、新しい時代の鼓動そのものなのだ。
参考にした出来事:1846年6月19日、ニュージャージー州ホボケンのエリジアン・フィールズにて、アレクサンダー・カートライトが考案した「ニッカーボッカー・ルール」に基づいた史上初の野球の公式試合が行われた。ニッカーボッカー・クラブとニューヨーク・ナインが対戦し、ニューヨーク・ナインが23対1で勝利した。このルールが現代野球の基礎となっている。