【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
昨夜からの雨は上がり、ワシントンの朝は、肺の奥までねっとりと絡みつくような湿気に包まれていた。安宿の窓から見える並木道は、泥濘に車輪を奪われた馬車の轍が幾筋も走り、人々の喧騒が立ち上っている。私は鏡に映る己の顔をじっと見つめた。かつて肖像画家として貴婦人たちの繊細な肌の色を追い求めていた指先は、今や硝酸に焼かれ、銅線の被覆を剥くための硬い凧糸で節くれ立っている。芸術を捨てたわけではない。ただ、私はキャンバスの上に静止する時間を描く代わりに、空間を飛び越える思考そのものを描こうとしているのだ。
特許局へ向かう道すがら、私の脳裏には、あの忌まわしい過去の記憶が不意に去来した。一八二五年、ワシントンでラファイエット卿の肖像を描いていた最中、コネチカットの家から届いた一通の手紙。それは最愛の妻ルクレティアの死を知らせるものだった。だが、その手紙が私の手に渡ったとき、彼女の体はすでに冷たくなり、埋葬すら終わっていた。距離という名の残酷な沈黙。あの時の絶望が、私をこの目に見えぬ電気の奔流へと駆り立てたのだ。
特許局の重厚な扉を潜ると、そこには乾燥した紙原稿と古い革表紙の匂いが充満していた。並み居る官吏たちの無機質な視線を受け流しながら、私は提出済みの書類が法的な裏付けを得る、その最後の一瞬を待った。手元の鞄には、この数年間、アルフレッド・ヴェイルと共に改良を重ねてきた電信機の模型が収まっている。電磁石が鉄片を引き寄せる際の発する、あの乾いた「カチリ」という音。それは単なる機械の作動音ではない。人類が初めて、光の速さで思考を伝達するための産声なのだ。
一八四〇年六月二十日。今日、この日付をもって、私の発明は「アメリカ合衆国特許第一六四七号」として歴史に刻まれることとなった。
渡された書類に押された官印の朱色は、かつて私がパレットで作ったどんな鮮やかな赤よりも、私の胸を激しく打った。これでいい。もはや言葉は、重い革袋に詰められて馬の背に揺られる必要はない。細い銅線さえあれば、山を越え、河を渡り、一瞬にして大陸の端から端へと、愛の告白も、危急の知らせも、勝利の凱歌も届けることができる。
実験室に戻り、私は愛おしい機械の前に座った。蓄電池から漏れ出す硫酸の刺激臭が鼻を突く。私は電鍵に指を添えた。トントン、ツーー、トン。短い点と長い線の組み合わせ。それはアルファベットを解体し、電気の脈動へと変換する新しい言語だ。これまでは、意味を持たないただの火花に過ぎなかったものが、私の指先を通じて意志を宿す。
窓の外では、依然として馬車が泥を跳ね上げ、人々が汗を拭いながら歩いている。彼らはまだ知らない。この小さな部屋から放たれる目に見えぬ稲妻が、明日からの世界の姿を、時間の概念そのものを、根底から塗り替えてしまうことを。私はただ独り、静まり返った部屋の中で、電鍵が奏でる微かな金属音に耳を澄ませていた。それは、遠く離れた誰かと魂を通わせる、未来の鼓動そのものであった。
参考にした出来事:1840年6月20日、サミュエル・モールスが「電磁電信機(Telegraph Signs)」の特許(米国特許第1647号)を取得。これにより、ドット(点)とダッシュ(線)の組み合わせによるモールス符号を用いた通信技術が法的に保護され、近代通信時代の幕開けとなった。