空想日記

6月22日:冥界の門を開く隆起

2026年1月20日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

フラッグスタッフの空は、昼間の苛烈な太陽が嘘であったかのように、静謐な薄明に包まれている。標高二千メートルを超えるこの高地では、大気が薄く、夜の帳が下りるたびに宇宙の深淵がそのまま地上へと零れ落ちてくるようだ。私はいつものように、アメリカ海軍天文台の静まり返った研究室で、現像を終えたばかりの数枚のガラス乾板と向き合っていた。

研究室を満たしているのは、定着液のわずかに酸っぱい匂いと、精密測定装置「スタースキャン」が立てる規則正しい金属音だけだ。私の仕事は、一・五五メートル・カセグレン望遠鏡で撮影された冥王星の写真を精査し、その軌道をより正確に割り出すことにある。一九三〇年にクライド・トンボーによって発見されて以来、この太陽系の最果てに佇む惑星は、天文学者たちにとって捉えどころのない、ぼやけた点に過ぎなかった。

顕微鏡を覗き込み、一九七八年四月と五月に撮影された乾板を慎重にスライドさせる。倍率を上げると、漆黒の背景の中に、露光過多でわずかに滲んだ冥王星の白い像が浮かび上がった。私はそこで、奇妙な違和感に指を止めた。

冥王星の円形の像が、北側にむかってわずかに引き伸ばされている。それはまるで、真球であるはずの天体に、小さな「こぶ」が突き出しているかのようだった。

最初は、望遠鏡の追尾ミスか、あるいは乾板の乳剤のムラだろうと考えた。天体写真の世界では、こうしたノイズは日常茶飯事だ。背景に映り込んでいる他の恒星を確認する。しかし、周囲の星々は完璧な点像を結んでおり、追尾の乱れがあった形跡はない。となれば、この隆起は冥王星そのものに付随していることになる。

私は椅子を後ろに引き、こめかみを指で押さえた。もしこれが冥王星の表面にある巨大な山脈だとしたら、その高さは計算上、あり得ないほどの規模になってしまう。あるいは、二つの天体が重なり合っているのか。

私は震える手で、過去の観測記録が収められたアーカイブを漁った。一九六五年、一九七〇年。黄ばんだ記録カードと古い乾板をスタースキャンにセットし、一枚ずつ確認していく。私の心臓の鼓動が、静かな室内で不気味なほど大きく響く。

あった。

数年前の記録の中にも、同じような「隆起」が認められた。だが重要なのは、その隆起の方向が時期によって変化していることだ。ある時は北側に、ある時は南側に。それは、冥王星の周囲を何かが一定の周期で回っていることを示唆していた。

「衛星だ」

その言葉が、無意識に唇から零れ落ちた。冥王星には、自分自身と釣り合うほどの巨大な伴星が存在しているのだ。太陽系の極北、誰もが孤独な氷の塊だと信じて疑わなかったあの場所で、二つの天体は互いの重力に縛られ、奇妙な舞踏を繰り広げていたのである。

私は再び顕微鏡に目を戻した。この小さな光の滲みが、人類が初めて目にする「カロン」の姿だった。ギリシャ神話において、冥界の河アケローンで死者の魂を運ぶ舟守。暗闇の底で沈黙を守り続けてきたその舟守が、今、私の目の前でその姿を現したのだ。

ふと、自宅で帰りを待っている妻、シャーリーの顔が浮かんだ。Charon(カロン)という名は、彼女の愛称である「シャー(Char)」にも通じる。科学的な命名規則には厳格なルールがあるが、この孤独な発見に、少しばかりの私情を混ぜることは許されるだろうか。

窓の外では、アリゾナの夜空がどこまでも深く、澄み渡っている。私はデスクライトの明かりの下で、新しい観測データの数値をノートに書き込み始めた。明日になれば、この発見は世界を駆け巡り、教科書の記述を書き換えることになるだろう。しかし今は、この静寂の中で、数万キロメートルの彼方に漂う氷の月との対話を、もう少しだけ楽しんでいたい。

一九七八年六月二十二日。私たちは今日、太陽系の境界線を一歩押し広げ、暗闇の中に新たな灯火を見出したのだ。

参考にした出来事
1978年6月22日、アメリカ海軍天文台の天文学者ジェームズ・クリスティが、冥王星の第一衛星「カロン」を発見した。クリスティは冥王星の軌道を確認するために撮影された写真乾板を精査中、冥王星の像が特定の方向に伸びていることに気づき、それが衛星であることを突き止めた。この発見により、冥王星の正確な質量や大きさが算出可能となり、当時の惑星観に大きな変革をもたらした。