【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ヴィヴァレー州の三部会に列席するため、このアノネーの地に留まって数日が過ぎた。初夏の陽光は既に肌を灼くほどに強く、広場に集まった群衆の熱気と相まって、大気は重く淀んでいる。しかし、今日このコルデリエ広場で目撃した光景は、その暑気すらも忘れさせるほどに、私の理性を根底から揺さぶるものであった。
紙製造を営むモンゴルフィエ家の兄弟、ジョセフとエティエンヌが、空気よりも軽い「何か」を袋に詰め、人を空へ運ぶ算段をしているという噂は、数日前から街のあちこちで囁かれていた。理化の徒を自処する私ですら、その話を聞いた当初は、子供の空想か、あるいは山師の法螺話の類いだろうと鼻で笑っていたのである。しかし、広場の中央に鎮座する、あの巨大で奇怪な「袋」を目の当たりにした瞬間、嘲笑は喉の奥で凍り付いた。
それは、麻布に紙を裏打ちした、周囲百フィートを超そうかという巨大な球体であった。ボタンと紐で繋ぎ合わされたその外皮は、地面に力なく横たわり、まるで打ち上げられた巨大な深海魚の死骸のように見えた。だが、その下部で火が焚かれ始めると、事態は一変した。
焚き木に投げ込まれたのは、湿った藁と、刻んだ羊毛である。立ち上る煙は、目に刺さるほどに辛く、鼻を突く嫌な臭気を放っていた。モンゴルフィエ兄弟は、この煙こそが揚力の源、すなわち「モンゴルフィエのガス」であると信じているようだ。火の勢いが増すにつれ、死んでいたはずの巨大な袋が、ゆっくりと、だが確実に脈動を始めた。
布が擦れる乾いた音、張られていく綱の軋み。次第にその体躯を膨らませていく様は、大地の底から何らかの精霊が立ち上がり、空気を吸い込んでいるかのようであった。先ほどまで野次を飛ばしていた民衆も、今や一様に口を噤み、その威容に圧倒されている。私の隣にいた老紳士などは、十字を切りながら「悪魔の業だ」と低く呻いていた。
そして正午、ついにその時が訪れた。
八人の男たちが必死に押さえていた係留索が放された。一瞬、袋はためらうように揺れたが、次の瞬間、それは重力の鎖を断ち切った。
「おお……」
誰ともなく漏れた感嘆が、地鳴りのような歓声へと変わる。巨大な球体は、我々の頭上を静かに、かつ毅然とした速度で昇っていった。先ほどまであれほど大きく見えた袋が、見る間に小さくなっていく。アノネーの教会の尖塔を越え、さらに高く、鳥たちが支配する領域へと侵入していく。
見上げる私の首は痛み、強烈な太陽が網膜を焼いたが、瞬きをすることさえ惜しかった。高度二千メートル近くまで達しただろうか、あの巨大な人工物は、今や蒼穹に浮かぶ一点の染みに過ぎない。人間が、ついに大地という揺り籠から這い出し、神の領域である空へと手を伸ばしたのだ。この一分一秒が、これまでの千年の歴史を無に帰し、新しい時代の幕開けを告げている。その確信が、私の胸を激しく高鳴らせた。
飛行は十分ほど続いたであろうか。袋の中の熱気が冷めるにつれ、それは優雅な弧を描きながら下降を始め、街から数キロ離れた葡萄畑の向こう側へと姿を消した。
今、私は宿の書斎でこの日記を認めているが、指先の震えが止まらない。今日という日は、単に兄弟の実験が成功した日ではない。人類が永遠に持ち続けてきた「翼」への渇望が、科学という理性によって具現化した記念碑的な一日である。アノネーの空に残された見えない軌跡は、これから世界をどこへ運んでいくのだろうか。モンゴルフィエ兄弟が空に描いたあの一点は、歴史という大海を照らす灯台の火となるに違いない。
参考にした出来事:1783年6月4日、モンゴルフィエ兄弟による熱気球の初の公開飛行。フランスのアノネーにて、麻布と紙で作られた気球を使い、約10分間で高度約1,600〜2,000メートルまで上昇させることに成功した。