【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ハドレーの谷に降り注ぐ陽光は、大気というフィルターを持たないがゆえに、あまりにも鋭利で、残酷なほどに白い。船外活動の開始を告げるハッチの開放とともに、私の視界を占拠したのは、漆黒の宇宙を背景に、極彩色の輝きを放つアペニン山脈の威容だった。今日、私たちは人類の足跡を単なる歩幅の限界から解き放ち、この灰色の静寂の中に、初めて「速度」という概念を持ち込む。
月面車、LRVの展開作業は、事前の訓練通りにはいかなかった。折り畳まれた華奢な銀色の骨組みを引き出す際、潤滑剤の欠如した機械部が悲鳴を上げるような抵抗を見せる。重力は地球の六分の一だが、宇宙服の与圧による抵抗が、私の指先から体力を奪っていく。ジェームズと二人、荒い呼吸をマイクに拾わせながら、ようやくその四輪を月面に接地させたとき、私は言いようのない愛着をこの機械に感じた。それはただの探査機ではない。広大な月の荒野を切り拓く、我々の新しい「翼」なのだ。
運転席に腰を下ろした瞬間、不思議な浮遊感に包まれた。地球での走行試験で感じたあの不快な振動はない。ジョイスティック状の操舵桿を前方に倒すと、四つの電気モーターが静かに、しかし力強く唸りを上げ、月面車は動き出した。
それは、歴史上最も孤独で、かつ最も高揚感に満ちたドライブだった。
タイヤが月の細かな塵「レゴリス」を跳ね上げる。地球の砂とは違い、角の取れていないその鋭い粒子は、重力の低さゆえに美しい弧を描いて放物線を描き、静かに背後へと消えていく。轍が刻まれる。数百万年もの間、流星の衝突以外に変化のなかったこの死の世界に、人工的な直線が引かれていく。
最高時速はせいぜい十数キロメートルに過ぎない。しかし、厚い宇宙服に身を包んだ我々にとって、それは新幹線の加速にも勝る衝撃だった。クレーターの縁を越え、斜面を駆け上がるとき、月面車は荒馬のように跳ねる。サスペンションが限界まで軋む音が通信機越しに聞こえるが、不安よりも好奇心が勝った。
眼前に広がるハドレー・リル、その巨大な裂け目の縁に立ったとき、私は息を呑んだ。谷底へと続く幾層もの地層が、月という天体が歩んできた悠久の時間を物語っている。徒歩では決して到達できなかったであろうこの景色を、私たちは「車」という手段を得たことで手中に収めたのだ。
酸素の残量、バッテリーの出力、通信の強度。常に計器類に目を配りながらも、私は時折、頭上に浮かぶ「青いビー玉」を見上げた。あそこには、何十億という人間がひしめき合い、無数の車が列をなしている。しかし今、この広大な月の砂漠を独占し、轍を刻んでいるのは、私たち二人だけなのだ。
作業を終え、月着陸船「ファルコン」の影に帰り着いたとき、私の腕は疲労で感覚を失いかけていた。しかし、ヘルメット越しに見る月面車の姿は、月面の鋭い光に照らされ、気高い孤独を纏っているように見えた。
船内に戻り、ヘルメットを脱ぐと、鼻を突く独特の匂いがした。衣服に付着したレゴリスが放つ、硝煙に似た、焦げたような金属の香りだ。それは、この死の静寂に挑んだ者だけが嗅ぐことを許される、勝利の芳香だった。
明日もまた、私たちはあの銀の翼に乗り、未踏の地へと向かう。この静止した世界に、人間が生きている証としての轍を、より深く、より遠くまで刻みつけるために。
参考にした出来事:1971年7月31日、アポロ15号の船外活動において、月面車(LRV)が史上初めて月面で使用された。船長のデイヴィッド・スコットと月着陸船操縦士のジェームズ・アーウィンがこれに搭乗し、ハドレー・リル周辺の広範な地質調査を行い、月の移動能力を劇的に向上させた。