【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
地獄のような太陽が、今日もナイルの河口を容赦なく焼き尽くしている。我々工兵大隊がラシードの北、聖ジュリアン砦の改築に着手してから、どれほどの汗をこの乾いた土に吸わせたことだろうか。エジプトの砂は、フランスの泥とは違う。それは細かく、鋭く、制服の隙間から肌に潜り込み、絶え間なく体力を削り取っていく。ナポレオン将軍が率いるこの遠征軍の一員として、東洋の神秘を解き明かすという大義名分は耳に心地よいが、最前線の兵士たちにとっての現実は、ひたすらな渇きと、地平線の向こうからいつ現れるとも知れぬマムルーク騎兵への恐怖でしかない。
正午を少し過ぎた頃だった。砦の土台を補強するため、古い石壁を崩していた兵士の一人が、硬い手応えに声を上げた。当初は、埋没した古い基礎の一部だろうと誰もが思っていた。しかし、ツルハシが火花を散らし、幾層にも積み重なった土砂を掻き出すにつれ、その物体の異様さが明らかになっていった。現れたのは、磨き上げられたかのように滑らかで、それでいて重厚な、漆黒の玄武岩の断片だった。
「中尉、これを見てください。ただの石ではありません」
部下の言葉に促され、私は腰の高さまで掘り起こされたその石の前に跪いた。汗が目に入り、視界が滲む。袖で顔を拭い、泥にまみれた石の表面を手で払った瞬間、私は息を呑んだ。そこには、びっしりと文字が刻まれていたのだ。
それは単なる落書きや、時の経過でついた傷などではない。明らかに意図を持って、精密に刻まれた沈黙の言葉たちだ。石の表面は三つの段層に分かれているように見えた。最上段には、鳥や蛇、奇妙な杖のような象形が並ぶ。かつてこの地の支配者たちが用いたという、あの聖刻文字(ヒエログリフ)だ。中段には、さらに崩れた、流れるような未知の書体。そして最下段には、我々にとっても馴染み深いギリシャ文字が刻まれていた。
「三つの言葉で同じことが書かれているのか……?」
独り言ちた私の声は、熱風にかき消された。もしそうならば、これはただの石材ではない。千年の時を超えて、誰も読み解くことができなくなった古代エジプトの封印を解くための、黄金の鍵になるのではないか。そんな予感が、背筋を冷たい震えとなって走り抜けた。熱病のような興奮が、疲弊しきった体の中に急速に広がっていく。
我々は作業を一時中断し、慎重にその石を掘り出した。重さは優に七百キロはあるだろうか。欠けてはいるものの、その存在感は周囲の風景を圧倒していた。カイロから同行している「学者殿」たちがこれを見れば、狂喜乱舞するに違いない。ナポレオン将軍がこの地に連れてきたのは、大砲や銃剣だけではない。歴史を掘り起こすための知識人たちだ。彼らなら、この黒い石が語ろうとしている物語を聞き取ることができるはずだ。
夕暮れ時、ナイルの川面が血のような赤に染まる中、私は野営地の天幕でこの日記を記している。砦の補強作業は遅れているが、心は不思議と昂ぶっている。我々は今日、単なる防御陣地を築いていたのではない。何千年も前に忘れ去られた神々の声を、このエジプトの熱砂の中から救い出したのだ。
この石がいつか、パリの博物館に置かれる日が来るだろうか。その時、人々はこれを見つけ出した我々工兵たちの苦労を思い起こすだろうか。おそらく、そんなことはないだろう。だが、それでも構わない。今、私の目の前にあるこの黒い石塊は、地平線の彼方に沈みゆく太陽の光を反射し、冷厳な輝きを放っている。それはまるで、長すぎた眠りから覚め、自らの秘密を語りたがっているかのようだ。
7月19日。この日付を、私は生涯忘れることはないだろう。ラシードの地、灼熱の砂塵の中で、歴史がその重い扉をわずかに開いた、その一瞬を。
参考にした出来事
1799年7月19日、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍のエジプト遠征隊が、ナイル川デルタ地帯のラシード(ロゼッタ)近郊にあるボルジュ・ラシード(聖ジュリアン砦)を再構築していた際、工兵部隊のピエール=フランソワ・ブシャール中尉によって、三種類の文字が刻まれた石板「ロゼッタ・ストーン」が発見された。この石板には古代エジプトのヒエログリフ、民衆文字(デモティック)、ギリシャ文字が刻まれており、後のジャン=フランソワ・シャンポリオンによるヒエログリフ解読の決定的な鍵となった。