空想日記

8月26日:電気の瞳が捉えた白球の軌跡

2026年1月26日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

一九三九年、八月二十六日。土曜日。
ブルックリンの湿った熱気が、エベッツ・フィールドの古びたレンガをじりじりと焼き続けている。ワイシャツの襟元はすでに汗でぐっしょりと張り付き、重たい機材を運ぶたびに、肺の奥まで焦げたような熱気が入り込んでくる。私は今、歴史の分水嶺に立っているのかもしれない。あるいは、ただの壮大な悪ふざけの目撃者になるだけなのかもしれない。

球場の一塁側スタンド、そしてバックネットの裏。そこには、普段の見慣れた野球場にはおよそ不釣り合いな、巨大な箱型の機械が鎮座している。RCAが社運を賭けて開発した「イコノスコープ・カメラ」だ。それはまるで、獲物を狙う巨大な一つ目の怪物のようにも見える。我々技術陣は、朝からこの気難し屋の機械をなだめるのに必死だった。真空管が発する熱が、真夏の直射日光と相まって、カメラ内部の温度を危険な域まで押し上げている。

午後二時三十分。ラジオの名実況者として知られるレッド・バーバーが、ヘッドセットを装着した。彼の声はいつも通り軽快で、涼しげだ。しかし、その視線の先にあるのは、レンズという名の「電気の瞳」である。彼もまた、見えない聴衆ではなく、見えない「視聴者」に向けて言葉を投げかけるという未知の体験に、わずかな緊張を滲ませているように見えた。

「放送開始まで、あと五分」

ディレクターの声が、インカム越しにひび割れた音で響く。
私はモニターの前に陣取った。わずか数インチの、緑がかった小さなガラス画面。そこに映し出されているのは、陽光に白く飛ばされた内野の土と、守備位置につくドジャースの選手たちのぼやけた影だ。およそ鮮明とは言い難い。走者が動けば残像が引き、強い光が当たれば画面は真っ白に弾ける。それでも、ここにある映像が、電波に乗ってマンハッタンのビル群を越え、クイーンズで開催されている万国博覧会の会場や、ごく一握りの富裕層が持つ受像機へと届くのだ。

試合が始まった。シンシナティ・レッズの打者が打席に入る。
ピッチャーが振りかぶり、白球を放る。モニターの中では、小さな白い点がわずかに動いたように見えた。バーバーの実況が、その光の粒に意味を与えていく。「ストライク!」という審判のコールと、画面上の動きが、コンマ数秒の遅延を伴って脳内で結びついた瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

これは魔法だ。

スタジアムに足を運ぶことができない人々が、自宅の居間にいながらにして、ブルックリンの熱狂を、選手の躍動を、そして勝負の機微を、目撃している。これまでは言葉の翼に乗せて想像するしかなかった「現場」が、光の粒子となって空間を飛び越えているのだ。

試合はダブルヘッダーだ。一試合目が進むにつれ、カメラの不調や、急激な光量の変化に翻弄されながらも、私たちは必死にスイッチを切り替え、映像を繋いだ。二台しかないカメラを駆使し、打撃フォームと、それを受けるキャッチャーの背中を交互に映し出す。レンズを向ける先すべてが、世界の「初めて」になる。スライディングで上がる土煙が画面を曇らせるたび、私は拭い去ることのできない興奮を覚えた。

ふと、スタンドの観客に目をやった。彼らはまだ、自分たちの頭越しに飛び交っている「未来」に気づいていない。ホットドッグを頬張り、野次を飛ばし、ビールを煽る。その光景があまりにも日常的であればあるほど、カメラが捉えている映像の異常さが際立つ。

ふと、不穏な影が思考をかすめた。海の向こう、ヨーロッパでは戦争の足音が日に日に大きくなっているという。ドイツの野心がポーランドを飲み込もうとしている。この平和な午後の娯楽も、そしてこの驚異的な技術も、明日には破壊の道具へと姿を変えるのかもしれない。しかし、今この瞬間、この小さなモニターの中で踊る白球の軌跡だけは、紛れもない人間の叡智と希望の結晶だった。

二試合目が終わり、太陽が西に傾き始めた頃、私たちはようやく放送を終えた。バーバーがヘッドセットを外し、額の汗を拭った。彼はカメラに向かって小さく頷き、それから私と目が合うと、悪戯っぽく微笑んだ。

「うまくいったな、相棒。世界はもう、昨日までと同じようには野球を見られなくなるぞ」

機材を撤収する私の手は、心地よい疲労感で震えていた。
帰り道、ブルックリンの街角を歩きながら空を見上げる。そこにはアンテナが立ち並ぶ未来の景色が透けて見えるようだった。人々が小さな箱を囲み、遠く離れた場所で起きている奇跡を、自分の目で見届ける時代。今日、私たちはその扉を強引にこじ開けたのだ。

一九三九年、八月二十六日。
この日は、ただの野球の試合が行われた日ではない。人類が「視覚」を共有し始めた、最初の一歩として記憶されるべき日なのだ。

参考にした出来事:1939年8月26日、アメリカのテレビ局NBC(W2XBS)が、ニューヨークのエベッツ・フィールドで行われたブルックリン・ドジャース対シンシナティ・レッズのダブルヘッダーを、世界で初めてテレビ中継した。実況はレッド・バーバーが務め、2台のカメラによって映像が送出された。この放送は、ニューヨーク万国博覧会の会場などに設置された受像機で視聴された。