【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『罪と罰』(ドストエフスキー) × 『異邦人』(カミュ)
その日、空には一切の容赦がなかった。太陽は中天に釘打たれたように動かず、白熱した光がアスファルトを突き刺し、街全体を沈黙したオーブンのなかに閉じ込めていた。私は湿った下着が皮膚にまとわりつく不快感に耐えながら、安アパートの、まるで棺桶のように狭い一室のベッドに横たわっていた。頭上ではハエが羽音も立てずに旋回している。
母が死んだのは、たしか昨日か一昨日のことだったと思うが、正確な記憶はない。葬儀の手配を済ませ、役所的な手続きを淡々とこなした後の私の心には、悲しみというよりは、むしろ完璧な円環を閉じた後のような静かな充足感、あるいは退屈な宿題を終えたあとのような倦怠感だけがあった。私は、人間が流すべきだとされている涙の量を計算してみたが、それは論理的に見てあまりに非効率的な液体の浪費に思えた。
私の机の上には、書きかけの論文が散らばっている。そこには、一つの明快な仮説が記されていた。すなわち、「真に目覚めた人間は、既存の道徳という名の重力から解放され、真空のなかで自らの軌道を描く権利を有する」というものだ。凡庸な大衆は、自分たちを保護する法律という檻を崇拝するが、稀に見る強者は、その檻そのものを解体する責任を負っている。それは権利ではなく、義務なのだ。私はその義務を、一つの幾何学的な証明のように遂行しなければならないと感じていた。
標的は、この裏通りで高利貸しを営む老婆だった。彼女は社会の寄生虫であり、太陽の光を吸い取って冷たい銀貨に変える、無意味な存在の象徴だった。彼女を排除することは、数式から不要な分母を取り除くのと同義だった。そこには憎しみも、激情もない。あるのは、精密な時計の歯車を噛み合わせるような、冷徹な必然性だけだった。
私は立ち上がり、コートの隠しポケットに、重い鉄の棒を忍ばせた。外に出ると、熱気が物理的な圧力となって肩にのしかかってきた。光があまりに眩しく、視界が白く飛んでいる。私は、自分が透明なシリンダーの中を歩いているような錯覚に陥った。周囲の人間たちの声は遠く、水底から響いてくるように不明瞭だった。
老婆の店に着くと、彼女は薄暗い奥の部屋で、埃を被った帳簿をめくっていた。彼女の首筋に浮き出た血管が、まるで醜いミミズのように動いている。私は、彼女という存在がこの世界の調和を乱している「誤差」であることを確信した。
「何かご用かい?」
老婆が掠れた声で言った。その瞬間、窓から差し込んだ一筋の強烈な日光が、彼女の眼鏡に反射して私の眼を焼いた。ナイフで突き刺されたような鋭い痛み。その光の暴力が、私の意識の最後の一線を断ち切った。私は鉄棒を振り下ろした。衝撃は手首を通じて脳に伝わったが、それは驚くほど手応えのない、乾いた音だった。老婆は崩れ落ち、床に赤い染みが広がっていった。
私はその場に立ち尽くし、ただその赤を眺めていた。美しいとは思わなかったが、不自然だとも思わなかった。それはただの色彩の配置の変化に過ぎない。私は老婆の財布を奪うこともしなかった。そんなものは、この純粋な行為を汚す不純物でしかない。私はただ、店を出て、再び太陽の下へと戻った。
翌日、私は警察に連行された。証拠が残っていたわけではない。ただ、私が犯行現場の近くで、あまりに平然と、あまりに「無」の状態で立っていたことが、近隣住民の奇妙な関心を買ったらしい。
取調室で、予審判事が私に向き合った。彼は熱心な信者であり、同時に法という秩序の狂信者でもあった。彼は私の犯行の動機を必死に探ろうとした。
「金が欲しかったのか? それとも、彼女に恨みがあったのか?」
私は首を振った。
「いいえ。ただ、太陽が眩しかったからです。そして、彼女が死ぬべき数字に達していたからです」
判事は顔を歪めた。彼は、私が「悪魔の誘惑に負けた」とか、「極貧ゆえの絶望に突き動かされた」といった、自分たちが理解可能な物語を語ることを望んでいた。そうすれば、彼は私を憐れみ、悔悛を促し、神の慈悲という名の解決策を提示できるからだ。しかし、私が提示したのは、慈悲の介在する余地のない、乾燥した論理だけだった。
「君は、自分が特別な人間だとでも思っているのか? 法律を超越した、選ばれた人間だと?」
私は答えた。
「特別な人間などいません。ただ、自分が何者であるかを直視できるか、それとも虚構の物語に縋って生きるかの違いがあるだけです。私は、老婆を殺したのではない。私は、あなたの依って立つ世界観そのものを否定したのです」
裁判が始まった。法廷は、私の犯した罪そのものよりも、私の「人間性の欠如」に焦点を当てた。検察官は、私が母の葬儀で一度も涙を流さなかったことを、極めて重要な証拠として提出した。彼らにとって、親の死を悲しまない人間は、すなわち殺人者としての素質を完成させている人間なのだ。
傍聴席の人々は、私を化け物を見るような目で眺めていた。しかし、私には彼らの方が奇妙に見えた。彼らは、自分の内側にある空虚を隠すために、道徳や感情という仮面を必死に被り直している。私が老婆を殺したのは、ある意味で彼らが潜在的に望んでいる「絶対的な自由」を体現してしまったからだ。彼らは私を裁くことで、自らの内なる深淵を封じ込めようとしていた。
弁護士は、私が精神を病んでいたと主張して、減刑を勝ち取ろうとした。だが、私はそれを拒絶した。
「私は正気です。これほどまでに明晰な意識で、自分の意志を遂行したことはありません。私の罪を、病という名の偶然にすり替えないでください」
判決が出る前夜、私は独房の窓から夜空を眺めていた。星々が冷たく輝いている。あそこには真空があり、沈黙がある。地上のような、湿った情念や、押し付けがましい倫理は何一つ存在しない。私は、自分がようやくあの静寂の一部になれることを予感していた。
翌朝、判決が下された。死刑。
法廷内には、安堵の溜息と、一部の人間たちの嗚咽が漏れた。彼らは、一つの「正解」が導き出されたことに満足していた。私は、裁判長に向かって穏やかに微笑んだ。
そこで私は、人生で最も完璧な皮肉に気づいたのだ。
私は、自らが「選ばれた強者」であることを証明するために、他者の生命を奪った。しかし、その結果、私は国家という巨大な機構によって、合法的に生命を奪われる「客体」へと転落した。私の論理によれば、私を殺す国家こそが、私よりも高次の「強者」であり、私はその論理に従って、この処刑を粛々と受け入れなければならない。私が私の論理を貫けば貫くほど、私の死は正当化され、私の存在は無に帰していく。
私は、自分が神になろうとして、最も完璧な奴隷になったことを悟った。
処刑台に向かう廊下で、私は再びあの太陽を感じた。建物の隙間から差し込む光は、老婆の部屋で見たものと同じ、無機質で圧倒的な輝きを放っていた。
観衆が集まっている。彼らは私に罵声を浴びせ、石を投げる準備をしているだろう。私は、それを最大の祝福として受け入れるつもりだ。私の死が、彼らの信じる世界の秩序を再確認させ、同時にその根底にある「虚無」を、一瞬でも彼らの眼前に突きつけることになるのだから。
断頭台に首を固定されたとき、私の視界を埋め尽くしたのは、抜けるような青空と、冷酷なまでに輝く太陽だった。私は目を閉じなかった。最期の瞬間に、刃が落ちる速度と、光が網膜を焼く速度が一致するのを、私はただ静かに待っていた。
そこには、罪もなければ、罰もなかった。ただ、計算し尽くされた世界の、最後の均衡だけがあった。