【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『シャーロック・ホームズの冒険』(ドイル) × 『銭形平次捕物控』(野村胡堂)
煤けた行灯の幽かな光が、薄ら寒い縁側の戸板に揺れていた。師走の風が戸の隙間から忍び込み、部屋の隅に置かれた風車を意味もなく回す。江戸の町は、年の瀬の慌ただしさに浮かれつつも、底知れぬ倦怠と不安を抱えているようだった。私は、炉の熾火を突つきながら、向かいに静かに座す男、白銀宗十郎の横顔を眺めていた。
この男、白銀は、嘗ては旗本の末席に連なる御家人であったが、その奇癖が故に役職を捨て、今やただの隠居人と見做されている。だが、その頭脳は、市井の凡庸な耳目には決して届かぬ深淵を覗き込み、彼の視線は、我々の見過ごすあらゆる微細な兆候から、途方もない真実を紡ぎ出す。彼の装いは常に白い麻の着物であり、その清潔感は、周囲の埃っぽい世俗とは一線を画していた。指先で弄ぶ銀製の懐中時計が、時折カチリと鳴る音が、彼の思考の深さを測る唯一の指標であった。
今宵、白銀の前に持ち込まれたのは、日本橋通りの老舗薬種問屋「橘屋」で起こった奇妙な盗難事件であった。橘屋の当主、源兵衛の語るところによれば、先日の酉の市の日、代々伝わる螺鈿細工の煙管入れが蔵から忽然と姿を消したという。蔵は厳重に戸締まりされ、窓にも破られた形跡はない。番人も寝ずの番をしており、誰も侵入した者はいないと断言した。にも拘わらず、煙管入れだけが、まるで煙か幻のように消え失せたのである。
「番人の申すには、その日の夜半、蔵の周囲から狐の声が聞こえ、白く光る影が走り去ったとか。全く、腑抜けた話ですわい」
源兵衛は吐き捨てるように言った。彼の顔には疲労の色が濃く、事件の不可解さだけでなく、巷で囁かれる「狐の祟り」という噂に、心を蝕まれているようだった。橘屋の一人娘、お絹もまた、事件の翌日から高熱を発し、夜な夜な白銀の狐が枕元に立つ幻覚に苛まれているという。
白銀は、源兵衛の話の端々に鋭い視線を向け、時折、私の筆記用の紙の端に、小さな図形や数値を書き込んでいる。やがて源兵衛が帰り、重い沈黙が部屋に満ちた。
「伊三次」白銀は静かに私を呼んだ。「そなたは、この事件を如何に見るか?」
私は、彼の弟子として、彼の思考の片鱗でも掴もうと努めている。「は、はあ。蔵は厳重なれど、番人が熟睡し、その隙を突いた盗人。しかし、狐の祟りなど、この世にあろうはずもございません」
白銀は小さく笑い、懐から銀の時計を取り出し、カチリと一度鳴らした。「そなたの言う通り、狐の祟りはあろうはずがない。だが、番人が熟睡したという単純な事実もまた、表面的な仮説に過ぎぬ。真の盗人は、必ずしも蔵の内部に侵入する必要はない。あるいは、蔵そのものが盗みの道具であったと考えることもできる」
私は彼の言葉に息を呑んだ。「蔵が、盗みの道具に、ございますか?」
「うむ。明日、橘屋へ赴こう。真実は、常に我々の目に見えるものの中に、しかし、我々の見過ごす場所に隠されている」
翌日、我々は橘屋を訪れた。白銀は、一切の先入観を排し、蔵の隅々まで目を凝らした。彼の視線は、壁の漆喰の微細な剥がれ、土間の踏み石のわずかな沈み、天井の梁の色の違い、全てを逃さなかった。私は、彼の指示に従い、蔵の寸法を測り、壁の材質を調べ、番人から聞き出した夜中の出来事を詳細に記録した。
蔵の床には、確かに一枚の桜の花びらが落ちていた。季節は冬。それが造花であるとすれば、誰かが故意にそこに置いたことになる。だが、白銀は花びらを指先で摘み上げ、鼻に近づけて目を閉じた。
「伊三次、この花びらの香りを嗅いでみよ」
私は恐る恐る嗅いでみた。確かに桜の香りではあるが、どこか人工的で、奥に別の、薬品のような刺激臭が微かに混じっている。
「これは、桜を模した香料だ。そして、その奥に潜むのは、微量の……そう、硫黄か」白銀はそう言って、花びらを丁寧に懐紙に包んだ。
彼は蔵の壁、特に隣家と接する面に注意を払った。壁は厚く、土を練り固めたものだった。しかし、白銀の指先が、その壁の、ある一点を撫でたとき、私は彼の眼差しに微かな輝きを見た。
「伊三次、ここに微かに、湿った跡がある。そして、この土壁の組成は、場所によって僅かに異なる。ここだけ、僅かに脆い」
白銀は、蔵の外側、隣家との間に設けられた狭い通路にも目を向けた。隣家は、朽ちかけた長屋で、今は物置として使われているという。その長屋の壁にも、橘屋の蔵の壁と同じ高さに、微細な変色と、削られたような跡が見られた。
「これは、蟻の穴ではない。より大きな、しかし極めて細い、ある道具が、この壁を穿った痕跡だ」
数時間後、白銀は蔵から出て、源兵衛に尋ねた。「橘屋の蔵の隣、あの長屋には、嘗てどなたがお住まいであったか?」
源兵衛は顔を曇らせた。「あれは……二十年ほど前まで、私の叔父夫婦が住んでおりました。叔父は、嘗て橘屋の帳場を任されていたのですが、私が当主を継ぐにあたり、些細な不祥事がありましてな。今は、もっぱら隠居して、別の長屋でひっそりと暮らしておるとか。もう齢八十にもなる老いぼれですわい」
白銀は小さく頷き、銀の懐中時計をカチリと鳴らした。「源兵衛殿、お嬢様のお絹さんのご様子は?」
「それが……一向に良くならぬのです。夜な夜な狐の幻に魘され、医者も匙を投げました。やはり、祟りかと……」
「祟りではありませぬ」白銀の言葉は、氷のように冷たく、しかし揺るぎなかった。「娘さんの病は、人為的なもの。そして、その煙管入れが消えたのも、極めて人為的な仕業です」
源兵衛は息を呑んだ。「人為的、と申されますと……?」
「その夜、蔵の番人が熟睡したのも、決して偶然ではなかったでしょう。そして、お絹さんの幻覚もまた、ある特定の薬品によって引き起こされたもの」
白銀は、私を連れて、源兵衛の叔父が暮らすという、より寂れた長屋の一角へと向かった。老人は、火鉢を前に震える手で湯呑を温めていた。白銀は、その老人の顔を見るや、何故か少しだけ目を細めた。
「お初にお目に掛かります、宗十郎と申します。少々、お尋ねしたいことがございます」
老人は訝しげに我々を見上げた。白銀は、ゆっくりと、しかし容赦なく問い詰めていった。橘屋の蔵の構造、番人の習慣、そして、かつて帳場を任されていた頃に知り得た、蔵の鍵の微細な癖。老人の顔から血の気が失せていく。
やがて、白銀が懐紙に包んだ桜の花びらを老人の目の前に置いたとき、老人の抵抗は完全に砕け散った。
「この花びらから香る硫黄の匂い。蔵の壁に微かに残る酸の跡。貴方は、隣家の壁を隔てて、極めて細い管を通し、そこから酸を流し込み、蔵の壁を少しずつ溶かした。そして、その管の先には、巧妙に細工された鉤が取り付けられていた。その鉤で、煙管入れを釣り上げた。煙管入れは軽い故に、その細工は可能であった」
老人は、震える声で、すべてを白状した。
「……わしは、橘屋の先代に仕え、長年、橘屋のために尽くしてきた。だが、源兵衛が当主を継ぐや否や、わしを不祥事と称して追い出した。わしは、橘屋に尽くし、橘屋の繁栄を祈ってきたというのに……あの螺鈿細工の煙管入れは、先代がわしにくれると約束したものであった。それを源兵衛は横取りしたのだ。わしは、橘屋を、源兵衛を、破滅させたかったのだ……。お絹の幻覚も、わしが薬種問屋から手に入れた、ある香を焚いたせい。あの娘が発狂すれば、橘屋の名は地に落ちる……」
老人の告白は、憎悪と復讐心に満ちていた。それは、一見すると、どこにでも転がる人間の業の物語であった。しかし、白銀は、その老人の言葉に、ある種の諦念のようなものを感じ取っているようだった。
「貴方がこの企みを始めたのは、いつからでございますか?」
「……二十年、いや、三十年になるか。源兵衛が幼い頃から、蔵の壁を調べて、少しずつ、少しずつ……」
三十年の歳月をかけて、復讐の罠を仕掛けていたのだ。その執念に、私は肌寒いものを感じた。
白銀は老人の告白を聞き終えると、静かに立ち上がった。彼は老人に、何も罰することも、責めることもせず、ただ一言、言った。
「貴方の意図は、確かに達成されたでしょう」
我々は、長屋を後にした。私は、この事件の真実を源兵衛に伝えるべきか、白銀に問うた。
白銀は、暮れなずむ空を見上げ、銀の懐中時計を再びカチリと鳴らした。
「伊三次。真実とは、時に刃物よりも鋭く、人々の心を切り裂く。そして、世は常に、真実よりも都合の良い物語を欲する。橘屋の当主は、この真実を知れば、その名誉だけでなく、娘の病の原因までをも白日の下に晒されることになる。結果として、橘屋は瓦解し、この町は、一つの大店を失う。それは、この町の人々にとっても、決して良いことではなかろう」
「では、狐の祟り、として……」
「うむ。橘屋の蔵に棲みついた狐が、煙管入れを隠し、娘を祟った。そして、私がその狐を追い払った。そう語り継がれるのが、この町の望むところだろう。老人の復讐は、表面上は阻止されたように見える。しかし、その老人の長年の怨念が、橘屋に与えた影は、決して消えぬ。娘は、幻覚から覚めても、心の奥底に不確かな恐怖を抱え続けるだろう。そして、源兵衛もまた、理由の分からぬ災禍に怯え続ける。真実は、誰も知らぬまま、その毒を少しずつ広げていく。これこそが、老人の最も巧妙な復讐であり、そして、この町の、いや、人間の営みの、避けられぬ必然である」
白銀の言葉は、まるで深淵を覗き込むような、恐ろしい真理を帯びていた。彼の銀の時計が、カチリ、カチリと、夜の静寂の中に響き渡る。その音は、真実が葬り去られ、虚構の物語が紡がれる、この世界の残酷な摂理を刻んでいるようにも聞こえた。私は、その夜、白銀の横顔に、真実を暴くことの虚しさと、それを覆い隠すことの必要性を同時に見出し、深い戦慄を覚えたのであった。