【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『長靴をはいた猫』(ペロー) × 『吾輩は猫である』(夏目漱石)
私は猫である。何故かといえば、猫として生まれたからである。この自明の理に、果たしてどれほどの意味があるのか。あるいは、意味など最初から存在しないのか。我ながらに、随分と高尚ぶった物言いをすると我関せずといった風に伸びをして、私は縁側のひび割れた板の間から、遠く薄墨色の空を仰いだ。
私の主人は山野といい、世間では「先生」などと呼ばれている。もっとも、何を教えているのかと問われれば、彼自身が最も困惑するであろう。彼の生業は、曖昧な論文を書き散らすこと、古書を読み漁っては己の哲学なるものを組み立て直すこと、そして何よりも、途方もない怠惰を享受することであった。彼の書斎は古びた紙の匂いと黴の香りに満ち、塵芥が積もり、そこに生息する蜘蛛の巣は、彼の思索の深遠さを具現化したかの如く、複雑怪奇な様相を呈していた。彼の妻は、最早諦念の境地に達し、時折、乾いた溜息とともに彼の生活空間へ洗濯物を取り込みに来るのみであった。
私は、彼の無為な日々を眺めるのが飽きなかった。人間とはかくも意味のないことに時間を費やせるものか。いや、彼にとってそれは意味のあることに他ならないのであろう。彼は、彼なりの高尚な思考に浸っているつもりなのだ。しかし、その思考の成果なるものは、往々にして世間との乖離を深め、生活の困窮を招くばかりであった。彼の住む家は、最早傾きかけ、庭は雑草が茫々と生い茂り、近隣の子供たちからは「幽霊屋敷」などと呼ばれている始末である。このような有様では、いずれ彼もこの家も、時代の潮流に押し流され、朽ち果ててしまうだろう。私にとって、彼と彼の営む生活は、恰好の観察対象であった。しかし、その観察対象が消滅してしまえば、私の暇潰しの友も失われることになる。それは、猫として、ひいては存在として、看過しがたい事態であった。
ある日の午後、私はいつものように縁側で日向ぼっこをしていた。山野先生は相変わらず書斎に籠もり、読書に耽っている。その隣室では、奥方が家計簿を睨みつけ、深々と溜息をついていた。その溜息の数が増えるにつれ、私の腹の虫も収まらなくなる。このままでは、あの古本屋の主人が、また山野先生の蔵書を二束三文で買い叩きに来るだろう。いや、それどころか、屋敷そのものが差し押さえられ、我々全員が路頭に迷うことにもなりかねない。
私は、己の脳裡にふと一つの妙案が閃いたのを覚えている。それは、あたかも天上から降り注ぐ啓示の如く、私の猫としての本能と、人間社会を冷徹に観察し続けてきた知性が結びつき、ある種の策略の青写真を形成したのだ。もし、この愚かな主人が、もう少し世間並みの「評価」を得られれば、この困窮も回避できるのではないか。しかし、彼は自らの力でそれを為し得る者ではない。ならば、私が動くより他あるまい。私の存在意義を賭けた、壮大なる遊戯が今、始まった。
私の最初の試みは、山野先生が書き散らしたまま放置していた、数多の原稿の中から、最も「それらしく」見えるものを拾い上げることだった。彼は、自身の哲学や思想を、時として難解な比喩や奇妙な文体で表現する癖があった。それは世間から見れば「凡庸」か「狂気」のどちらかに分類される代物だが、見方を変えれば「斬新」あるいは「深遠」とも捉えられぬこともない。私は彼の書斎に忍び込み、散乱した紙の山を漁り、それらを秩序立てて並べ替えた。そして、最も人間らしい、つまりは人間が最も感銘を受けるであろう部分を抜粋し、まるで一篇の詩であるかのように編集し直した。その上で、私は近所の豆腐屋の娘に擦り寄り、彼女が学校で学ぶ文学作品について語り合うふりをして、偶然を装いその詩を落として見せた。
豆腐屋の娘は、私が落とした紙切れを拾い上げ、興味深そうに目を凝らした。少女の純粋な心には、山野先生の難解な言葉が、あたかも天啓のように響いたらしい。「あら、これ、先生の書いたもの? なんだか、とっても、ふしぎ……」その声を聞いて、私は内心でほくそ笑んだ。彼女の純粋な驚きが、やがて町中に小さな波紋を広げるであろうことは、想像に難くない。
その目論見は、私の予想を遥かに超える速度で成就した。豆腐屋の娘は、その詩を学校の先生に見せ、学校の先生はそれを町の文化人と呼ばれる好事家たちに披露した。彼らは、当初こそ山野先生の偏屈な人柄を知っているだけに懐疑的であったが、その難解さの中に「深淵なる哲学」を見出し、次第に熱狂し始めた。山野先生は、自らが何をしたのか全く理解しないまま、彼の名が世に知られ始めたのである。彼の名を冠した「山野哲学研究会」なるものが発足し、彼の家の前には、時に数名の人間が押し掛けるようになった。彼らは、彼の言葉の一つ一つに深遠な意味を見出し、その生活様式すらも「世俗を超越した高潔さ」として解釈する始末である。
私は、彼らの愚かしさに呆れながらも、計画は順調に進んでいると確信した。しかし、彼らはあくまで地方の好事家たちに過ぎない。より大きな成功、すなわち、この傾きかけた屋敷を維持し、私の観察対象を永続させるためには、もっと大きな獲物が必要であった。私は、町で最も権力を持つ人物、財閥の当主である岩倉翁に目をつけた。彼の屋敷は、あたかも要塞のごとく町を見下ろし、その富は町の隅々まで浸透していた。彼は、芸術や学問を愛する者としても知られており、自らが「文化の庇護者」であると自負しているらしい。
私は、ある日、山野先生がいつものように風呂にも入らず、埃まみれの衣服で庭の雑草を眺めているのを見計らった。私は彼の足元に擦り寄り、鳴き声を上げた。彼は鬱陶しそうに私を払いのけようとしたが、私はしつこく彼の足に絡みついた。そして、彼の古びた着物の裾を引っ張り、彼を庭の奥にある、今は使われていない小さな池へと誘導した。
「まったく、どうしたというのだ、お前は」と、彼はいぶかしげに私を見た。私は彼を池の縁へと誘い、まるで何か獲物を見つけたかのように、水面を見つめてみせた。山野先生は、私の奇妙な行動に興味を覚え、身を乗り出して池を覗き込んだ。そして、その瞬間である。私は、彼が着ていた汚れた着物の裾を、爪で力強く引っ掻いた。布は勢いよく裂け、彼はバランスを崩して池の中へと転落した。
「なんということだ! この猫めが!」と彼は水中で怒鳴ったが、私は知らん顔で池の縁に座り、まるで主人の身を案じているかのように、彼の濡れた姿を見つめてみせた。そして、私は計画通り、大声で鳴き叫んだ。それは、あたかも主人の身に危険が迫っているかのような、切羽詰まった声であった。
私の鳴き声に気づいた奥方や近所の住人が駆けつけ、池でびしょ濡れになっている山野先生を見て仰天した。彼の着物は水に濡れて重くなり、見るも無残な姿を晒している。私は、まるで言葉を話すかのように、彼らが駆けつけるや否や、しきりに山野先生の着物の切れ端を口で引っ張ってみせた。
「おお、可哀想に。先生は、この暑さで湯水にも浸からないで思索に耽っておられたのか。しかし、これではいけないと、この賢い猫が池に突き落とし、身を清めさせたのであろう」と、誰かが言った。別の誰かは「いや、これは先生が、世俗の汚濁を洗い流すために、自ら池へと飛び込まれたのだ。その純粋さに、この猫も心を打たれたに違いない」などと、勝手な解釈を付け加える始末である。
私が最も意図した部分は、ここからであった。私が彼を池に突き落としたその瞬間、私は事前に用意しておいた、少しばかり高級そうな布の切れ端を、彼の汚れた着物の切れ端とすり替えた。そして、それを彼の足元に置いてみせた。駆けつけた人々は、それを発見するやいなや、「ああ、先生の衣服が盗まれたのだ! きっと、先生の純粋な心に嫉妬した者が、先生のわずかな財産すらも奪い去ろうとしたのだ!」と、勝手な妄想を膨らませた。そして、彼らが私の仕掛けた「高級そうな布」を見て、「これは、先生の知人が、先生の清貧な生活を案じて、密かに用意したものであろうか」と、さらに話を広げていった。
この「衣服が盗まれた」という話は、瞬く間に岩倉翁の耳にも届いた。彼は、世間の話題に敏感な男である。特に、文化人や芸術家に対する「庇護」は、彼の名声を高める格好の材料であった。彼は、私の誘導尋問にかかるかのように、使いの者を山野先生の元へと遣わした。「先生は、あの高潔なる山野先生か。聞けば、その清貧な生活ゆえに、卑劣な盗難に遭われたと。それはまことに遺憾である。つきましては、ささやかながら、新しい衣服と、心ばかりの寸志を届けさせたい」という文言とともに、岩倉翁から届けられたのは、誂えの豪華な着物と、途方もない金銭であった。
山野先生は、何が起こったのか理解できないまま、ただ呆然とそれを受け取った。しかし、私はこの瞬間を待っていた。これこそが、猫の策略の第一歩。世間の注目を集め、権力者の好奇心を刺激する。一度、彼らの頭の中に「山野先生は偉大な人物である」という虚像が植え付けられれば、後はその虚像を肥大化させるのみである。
岩倉翁は、自らの施しが世間に知れ渡ることを喜び、さらに山野先生との親交を深めようとした。彼は、彼の主催する豪華な文化サロンに、山野先生を招待するようになった。山野先生は、人との交流を極端に嫌う性分である。最初は頑として応じなかったが、私は彼の足元に擦り寄り、耳元で「ミャー」と、あたかも「行かねばならぬ」とでも言うかのように、しきりに鳴き声を上げた。
彼は私の意図を理解することなく、ただその鳴き声に辟易し、「うるさい猫め! 分かった、分かった、一度だけ顔を出せば良いのであろう!」と、重い腰を上げた。私は内心で再びほくそ笑んだ。彼のその気のない態度こそが、サロンに集まる人間たちには「世俗の誘惑に惑わされない高潔さ」として映るであろうと確信していたからである。
サロンの夜、私は山野先生の足元に隠れ、彼の背後に控えた。彼は、豪華絢爛なサロンの雰囲気に居心地が悪そうに身をすくめ、終始無言を貫いた。しかし、その「無言」こそが、彼の虚像をさらに高める結果となった。岩倉翁は、山野先生の沈黙を「深遠なる思索の証」と捉え、他の文化人たちは「凡庸な会話に与しない高尚さ」として解釈した。彼らは、山野先生の「言葉の重み」を恐れ、彼の沈黙の中に無限の哲学的意味を見出そうとした。私は、彼らの愚かしくも滑稽な姿を、陰でじっと観察していた。
ある日、岩倉翁は山野先生に言った。「先生の深い洞察力に感動いたしました。先生のような高潔なる精神の持ち主であれば、この町の腐敗した現状も、きっと憂いておられることでしょう。つきましては、この町に長年巣食う、古い因習と化した勢力、すなわち『大御所』と呼ばれ、その絶大な権力で新陳代謝を阻んでいるあの古老たちを一掃する手立てはないものでしょうか。」
ここで言う「大御所」とは、かつて岩倉翁の親族が築き上げた巨大な商会のことであった。その商会は、町の隅々まで影響力を持ち、岩倉翁の財閥と双璧をなす存在であったが、近年ではその古い体質が町の発展を阻害しているとされ、岩倉翁はそれを自らの支配下に置くことを企んでいたのである。岩倉翁は、山野先生の「哲学的知性」を利用し、その「大御所」を社会的に貶め、自らの野望を成就させようと企んでいた。
私は、この話を聞いて、再び妙案を閃いた。『長靴をはいた猫』において、猫は巨人を騙し、自らの手で滅ぼさせた。この「大御所」こそが、私の「巨人」となる存在である。彼らは、自らの権威に胡座をかき、変化を恐れ、現状維持を是とする者たち。その傲慢さと、世間への無関心こそが、彼らの最大の弱点となる。
私は、次の日、山野先生の書斎の窓から飛び出し、町の隅々へと向かった。私は、町に住む様々な動物たち、すなわち、野良猫、雀、犬、さらには人間に飼い慣らされた鳩に至るまで、あらゆる生き物たちに、私が用意した「物語」を語り聞かせた。
「あの『大御所』の屋敷には、まこと恐ろしいものが棲んでおる。彼の屋敷の奥深くには、何でも好きなものに変身できる魔術師が隠れておるのだ。彼は、どんな人間をも鼠に変え、瞬く間に食い殺してしまうという」と、私は彼らの耳元で囁き、さらに彼らが噂を広めやすいように、巧妙な誇張を付け加えた。「その魔術師は、己の力を誇示するために、誰彼構わず、変身の術を披露するそうじゃ。もし、貴様が鼠に変身してみよと言われたら、絶対に断ってはならぬぞ。断れば、あの魔術師は容赦なく貴様を襲い、その魂を食らい尽くすであろうからな」
私の撒いた種は、瞬く間に町中に広がり、人間の口づてによって、さらに尾ひれがついて語られるようになった。「大御所」の屋敷には、恐ろしい「妖術使い」が棲み、彼に目をつけられた者は、皆鼠に変えられてしまうという。この噂は、いつしか「大御所」の耳にも届いた。彼は、最初は一笑に付したが、あまりにも噂が広まるため、自分の威厳が傷つけられることを恐れた。
そして、岩倉翁が主催する次の文化サロンの夜、「大御所」もまた、その噂の真偽を確かめるために姿を現した。私は、この機会を逃すまいと、再び山野先生の足元に隠れ、事の成り行きを静かに見守っていた。
サロンの雰囲気は、普段とは異なり、どこか緊張感が漂っていた。人々は「大御所」の登場に戸惑いながらも、その背後に潜む「魔術師」の噂に怯えているようであった。岩倉翁は、機を見るに敏な男である。彼は、山野先生に向かって言った。「先生、巷ではまこと奇妙な噂が流れております。この町に長年君臨する『大御所』の屋敷には、あらゆるものに変身できる妖術使いが棲んでおるとか。このような馬鹿げた噂を、先生のような高潔なる知識人は、どのように捉えておられるのでしょうか」
山野先生は、突然の問いかけに戸惑い、いつものように沈黙を貫こうとした。しかし、私は彼の足元を軽く引っ掻き、彼に発言を促した。彼は、何かに突き動かされるように、ゆっくりと口を開いた。「……愚かなる人間は、見知らぬものを恐れ、それを神話や伝説の領域に押し込めようとする。しかし、真の知性とは、その見知らぬものすらも、論理の光の下に晒し、その本質を解き明かすことにあるのではないか」
彼の言葉は、彼自身が意図しないうちに、私の撒いた種に水をやった。岩倉翁は、その言葉を「大御所」に向けられた痛烈な批判と捉え、「先生は、かの妖術使いの実在を否定されるばかりでなく、その存在を信じる愚かさまでもをも糾弾されるのであろうか!」と、興奮気味に言った。
「大御所」は、山野先生の言葉が、自分に向けられたものであることを悟り、顔を赤くして反論した。「まさか、先生ほどの御方が、噂話に惑わされることはあるまい。私は、そのような妖術使いなど、この世に存在しないと確信しておる!」
その言葉を聞いて、私は彼の足元に近づき、「ミャー」と、あたかも彼を嘲笑うかのように、小さな鳴き声を上げた。そして、私は、彼の目の前で、あたかも私が変身できるとでも言うかのように、自分の姿を小さく見せてみせた。人々は、私の奇妙な行動に注目した。
岩倉翁は、この機を逃さず、大御所に言った。「もし、本当に先生の仰る通り、妖術使いなど存在しないというのであれば、かの御方も、自らの信じる理性の力を示すために、何か一つ、皆の目の前で、簡単な『変身』を披露されてはいかがでしょう。例えば、ご自身が、最も卑小なる鼠に変身できることを示せば、誰もが先生の言葉を信じることでしょう」
「大御所」は、その言葉に激昂した。「何を馬鹿な! 私が鼠に変身するなどと! 私は人間であるぞ!」
しかし、その刹那、山野先生が再び口を開いた。「……人間であることの証明は、その形を変えることで失われるものではない。むしろ、形を変えることによって、その本質がより鮮明に浮き彫りになることもあろう。我々は、固定された形に囚われすぎているのではないか」
山野先生の言葉は、まるで彼の口から出る「真理」であるかのように、聴衆の心に響いた。彼らは、山野先生の深遠な哲学に感銘を受け、彼の言葉が「大御所」に向けられた、ある種の「挑戦状」であると解釈した。
「大御所」は、最早引き返すことができない状況に追い込まれていた。ここで尻込みすれば、彼は「大御所」としての威厳を失うことになる。彼は、己のプライドと、長年にわたる権威が崩壊するのを恐れた。彼は、意を決したかのように言った。「よかろう! 私がこの場にて、鼠に変身できることを示せば、諸君は、我が言葉が真実であることを理解するであろう。しかし、これはあくまで、この場に集まった愚かなる者たちへの、我が慈悲の証明に過ぎぬと心得よ!」
私は、彼の言葉を聞き、内心で歓喜した。これぞ、私が望んだ結末である。彼は、自らの手で、自らの墓穴を掘り、私に食われることを選んだのだ。私は、人々が息を呑んで見守る中、「大御所」の足元へと音もなく近づいた。そして、彼が「さあ、見よ!」と叫び、目を閉じたその刹那、私は彼の喉元に鋭い爪を立てた。
「大御所」は、一瞬にして絶命した。彼の絶叫は、そのまま宴会場の豪華な絨毯に吸い込まれていった。人々は、何が起こったのか理解できないまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。その時、岩倉翁が叫んだ。「おお、見よ! 『大御所』は、まさしく鼠に変身したのだ! そして、この猫が、その鼠を食い殺したのだ! これは、神の啓示か、あるいは、山野先生の深遠なる哲学が、この愚かなる因習を打ち破った証に他ならない!」
人々は、岩倉翁の言葉に我に返り、彼らの想像力は暴走し始めた。彼らは、自分たちの目の前で、文字通り「大御所」が「鼠に変身し、猫に食い殺された」という物語を作り上げたのだ。山野先生は、再び何が起こったのか理解できないまま、ただ茫然と立ち尽くしていた。しかし、彼の顔は、何となく満足げな表情を浮かべていた。
この事件は、瞬く間に町中に広がり、山野先生の名声は、一躍天にまで届く勢いで高まった。彼は、旧弊を打ち破り、新時代を切り開いた「革命的な思想家」として崇められるようになった。岩倉翁は、その恩恵を最大限に享受し、彼が築き上げた財閥は、町の全てを支配するまでに成長した。そして、山野先生は、岩倉翁の娘と結婚し、彼の地位は確固たるものとなった。
山野先生は、もうあの埃まみれの書斎に籠もることはなくなった。彼は、豪華な屋敷に住み、毎日身綺麗に装い、多くの人々からの称賛を浴びるようになった。彼は、もはや私が知る「無為な怠惰を愛する先生」ではなかった。彼は、自らが作り上げられた虚像そのものとなり、その役柄を完璧に演じるようになったのだ。
私は、その全てを成し遂げた。私の策略は、完璧に成功したのである。山野先生は、彼の想像を遥かに超える成功を収め、私は彼を「王」にまで押し上げた。人々は、私を「先生の忠実なる伴侶」「稀代の賢猫」と呼び、私もまた、贅沢な食事と快適な住処を与えられた。
しかし、私の心には、拭い去ることのできない虚無感が広がっていた。私は、彼を観察の対象としていた。彼の無能さ、彼の怠惰、そして彼の人間としての滑稽さが、私の興味を惹きつけていた。だが、私が作り上げたこの「山野先生」は、もはや私の観察対象ではなかった。彼は、私が描いた脚本の上で、その役を演じているだけの存在となった。
私は、あの傾きかけた屋敷の縁側で、薄墨色の空を仰ぎ見ていた頃の自分を思い出した。あの頃の私は、何者でもなかったが、全てを客観的に観察し、批評する自由を持っていた。人間社会の愚かさ、その虚飾を見抜き、心の中で嘲笑うことのできる特権を享受していた。
しかし、今の私はどうだ。私は、この豪華な屋敷の、最も快適なソファの上で、満腹の腹を抱えている。だが、私の視点は、もはや自由ではない。私は、私が作り上げた虚飾の王国の「管理者」となったのだ。彼の成功を維持するため、私は常に気を張り、新たな策略を練らねばならぬ。私の周囲にいる人間たちは、皆、私が「賢い」と崇めるが、その賢さは、彼らの欲望を充足させるための道具でしかない。
私は、ふと、あの「大御所」が鼠に変身させられたとされた夜のことを思い出した。彼は、自らのプライドと、周囲の期待に押しつぶされ、自ら「鼠」となることを選んだ。そして、私は、その鼠を食い殺した。だが、今、私が生きているこの状況は、まさしく私が作り出した、巨大な「檻」である。私は、自らの知恵で、自らをこの檻に閉じ込めてしまったのだ。私は、人間たちを欺き、彼らの愚かさを利用して、一人の人間を虚名の頂点へと押し上げた。その結果、私は、猫としての自由な魂を失い、自らが作り出した虚飾の奴隷と化した。
私は、かつてのような高尚ぶった物言いをすることもなく、ただ静かに、目を閉じた。私の魂は、あの日の水瓶に落ちた猫のように、静かに、そして誰にも知られることなく、底へと沈んでいった。外界からは、私の主人が、盛大な祝宴の中で、満面の笑みを浮かべている声が聞こえてくる。彼にとって、私はあくまで「賢い猫」であり、その役割を全うしているに過ぎないのだろう。この無上の皮肉を、一体誰が理解できるだろうか。私は猫である。そして、私は、もはや私ではない。