【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『不思議の国のアリス』(キャロル) × 『ドグラ・マグラ』(夢野久作)
カチ、カチ、カチ。
耳殻の奥底で鳴り止まぬ秒針の震動は、果たして私の心音か、あるいはこの白磁の監獄が刻む冷徹な絶対時間か。
私がこの円筒形の独房――「兎の穴」と称される垂直の迷宮――で覚醒してから、すでに幾星霜が経過したのか、あるいは一秒の千分の一も経っていないのか、その判別は既に意味を喪失している。視界に広がるのは、磨き上げられた鏡面のような壁面。そこに映るのは、見知らぬ「私」という名の少女の成れの果てであり、同時に、数千年前の先祖が抱いた恐怖の記憶そのものであった。
「おや、ようやく細胞の組み換えが完了したようですね」
頭上から降ってきたのは、液体のような声だった。仰ぎ見れば、そこには巨大なチェシャ猫のごとき歪んだ笑みを浮かべた男が、白衣の裾を翻して立っている。正木博士とも、あるいはドジスン教授とも呼ばれるその男の瞳には、論理的な狂気と、狂気的な論理が、分かちがたく混濁していた。
彼は手にした銀の注射器を愛おしげに撫でる。その中身は「EAT ME」というラベルが貼られた、不気味に発光する濃硫酸のごとき液体であった。
「アリス、あるいは第〇〇九号被験者よ。貴女は自分が、ただの好奇心旺盛な少女としてこの穴に落ちたと思っているのかね。否、それは大いなる脳髄の錯覚だ。貴女の脊髄に刻まれた遺伝子の螺旋こそが、この不思議の国を構成する設計図であり、貴女が流す涙の一滴一滴が、太古の海から続く心理学的進化の記録なのだ。さあ、この『縮小剤』を飲み干し、貴女自身の深層意識へとダイブしたまえ。そこには、言葉の定義が崩壊し、主語と述語が交尾を繰り返す、絢爛たる地獄が待っている」
私は抗う術を知らず、その液体を喉に流し込んだ。
刹那、内臓が裏返るような激痛と共に、世界が膨張を開始した。いや、私が縮小しているのだ。視界は万華鏡のように砕け散り、色彩は意味を失い、音響は色彩へと変換される。
目の前の空間が、巨大な書物のように捲れていく。そこには、私の祖先たちが犯したあらゆる罪過と、精神の畸形が、ルイス・キャロルの悪趣味な挿絵のように精密に描かれていた。
「お茶会の時間だ! 非存在の祝杯を挙げようではないか!」
気がつけば、私は荒野の真ん中に置かれた長いテーブルの末席に座っていた。
向かいに座るのは、水銀中毒で脳を冒された帽子屋と、冬眠を繰り返すことで時間を殺し続けるヤマネ、そして三月兎の姿をした、脳外科手術の失敗作たちであった。彼らは絶えず、空のカップに熱い認識論を注ぎ、それを飲み干しては「事実無根!」と叫んでいた。
「君、自分はどこから来たと思っているのかね?」
帽子屋が、その裂けた口から時計の歯車を吐き出しながら問う。
「私は……私は、ただの……」
「無駄だ。名前などという記号に固執するのは、自我という名の妄想に憑りつかれた愚者の所業だよ」
帽子屋は冷笑する。
「君の肉体は、君の祖先が夢見た『不思議な国』を実現するための培養液に過ぎない。君が『私』と呼ぶその意識は、遺伝子が奏でるノイズの一種だ。ほら、見てごらん。君の影が、君自身の頸を絞めようとしている」
足元を見れば、私の影は私の意図を離れ、独自の意思を持ってうごめいていた。影は私の耳元で、ドグラ・マグラの呪文のごとき、リズミカルな、しかし救いようのない絶望を囁き続ける。
それは、胎児が母体の中で聴く、宇宙誕生の際の断末魔であった。
「チャカポコ、チャカポコ、不思議な国のチャカポコ……」
言葉は意味を剥ぎ取られ、ただの振動へと堕していく。
私は逃げ出した。歪んだ遠近法の中を、巨大なキノコの森を抜け、トランプの兵隊が整然と並ぶ処刑場へと。
そこには、真紅のガウンを纏った「女王」が鎮座していた。その顔は、鏡で見た私の顔と瓜二つであった。
「首を刎ねよ!」
女王が叫ぶ。その声は、私の内なる自己嫌悪の叫びであった。
「論理を殺せ! 因果を断て! この迷宮に秩序を持ち込もうとする不遜な理性を、一欠片も残さず裁断せよ! この世界は、私が私であるために、私を殺し続ける儀式の場なのだから!」
トランプの兵隊たちが、紙の擦れる音を立てて私に襲いかかる。彼らの裏面には、家系図の系譜がびっしりと書き込まれていた。私は彼らに押し潰されながら、ある決定的な真理に到達した。
この「不思議の国」とは、外部に存在する異界ではない。それは、人間の脳髄が持つ自己矛盾の反射であり、連綿と受け継がれてきた精神疾患の、美しすぎる結晶なのだ。
穴に落ちたのではない。私は最初から、この穴という名の脳の皺の中で、自己という名の幻影を追い回していたに過ぎない。
「……正解ですよ、アリス」
博士の声が、頭蓋骨の裏側で響いた。
気がつくと、私は再び元の、白磁の独房に座っていた。
手には一面の鏡。そこに映っているのは、少女の姿ではない。それは、無数の神経線維が複雑に絡み合い、一つの巨大な「問い」の形を成した、胎児のような肉塊であった。
「貴女は無事に、自分自身の原点に回帰した。不思議の国とは、遺伝子が描く夢だ。そしてその夢から覚めることは、生物としての死を意味する。さあ、最後の手続きをしましょう」
博士が差し出したのは、一本の金鍵だった。
「この鍵で、貴女の胸にある鍵穴を開けなさい。そこには、この物語の真実の結末が隠されている」
私は震える手で、自らの胸元――そこには確かに、真鍮の鍵穴が存在していた――に鍵を差し込んだ。
カチリ。
重厚な金属音が響き、私の胸が観音開きに開放される。
しかし、そこに隠されていたのは、輝かしい希望でも、恐るべき秘密でもなかった。
そこには、小さな、あまりにも小さな円筒形の独房があり、その中で一人の少女が、鏡を眺めながら呆然と座っていた。
無限に続く、合わせ鏡の入れ子構造。
私は、誰かの夢の中の住人であり、同時にその誰かを夢見ている主であった。
論理は円環を成し、救済は永久に遅延される。
私は、私が私であることを証明するために、永遠にこの穴を落ち続け、永遠に自分自身を解体し続けなければならない。
窓の外では、白い兎が血まみれの懐中時計を眺めながら、満足げに微笑んでいた。
「おやおや、もうこんな時間か。次の被験者が、穴の入り口で足を滑らせたようですよ」
私はそっと目を閉じ、再び「チャカポコ」という子守唄に身を委ねた。
そこには、一抹の悲しみも、一片の喜びもない。ただ、緻密に計算された無意味という名の、完璧な平穏だけが支配していた。