【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一九五八年一月三十一日、金曜日。フロリダ州ケープカナベラル、第26発射施設。
湿り気を帯びた大西洋の夜風が、私の頬を冷たく撫でていく。発射台の上にそびえ立つジュピターC、いや、今日この場所で「ジュノーI」と改称されたその機体は、サーチライトの強烈な光を浴びて、神話の巨像のように白く輝いていた。周囲には、液体酸素の排気(ベント)から生じる白い霧が低く垂れ込め、鋼鉄の機体はあたかも自ら呼吸しているかのように見える。
管制室内の空気は、極限まで張り詰めていた。数ヶ月前、ソビエト連邦がスプートニクを打ち上げ、我々の頭上の空を奪い去ったあの日から、この国全体を覆っている屈辱と焦燥。そして追い打ちをかけるように、昨年十二月に全世界が見守る前で無惨に爆発したヴァンガード・ロケットの記憶。我々エンジニアの背中には、アメリカという国家の自尊心と、自由世界の命運が重くのしかかっていた。
私の手元にあるモニターには、計器の針が刻一刻と刻む数字が躍っている。推進剤である液体酸素とハイドインの充填は完了した。極低温の酸素がタンク内で唸りを上げ、機体表面にはびっしりと霜が降りている。私の隣に座る無線担当の技師は、さきほどから何度もヘッドセットの位置を直し、指先でペンを弄んでいた。彼の震える指が、この場にいる全員の心情を雄弁に物語っていた。
「Tマイナス一分」
スピーカーから流れる秒読みの声は、驚くほど冷静で、機械的だった。しかし、その背後にある緊張は、皮膚を刺すような静電気となって室内に満ちている。私は目を閉じ、この数年間、アラバマ州ハンツビルのレッドストーン兵器廠でヴェルナー・フォン・ブラウン博士らと共に過ごした日々を思い返した。軍用ミサイルを宇宙への階梯へと作り替えるための、狂気じみた情熱。我々は今日、弾道弾という名の「剣」を、科学という名の「鋤」へと鍛え直そうとしているのだ。
「十、九、八……」
心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように響く。
「三、二、一、点火(イグニッション)」
視界の端で、凄まじい光が溢れた。夜の闇が引き裂かれ、昼間のような白光がフロリダの湿地帯を照らし出す。一拍置いて、地の底から湧き上がるような、内臓を揺さぶる重低音が管制室のコンクリート壁を震わせた。ジュノーIの底部から、オレンジ色の巨大な炎が噴き出す。機体は一瞬、自らの重さに躊躇するように留まったかと思うと、次の瞬間には重力を振り切り、ゆっくりと、しかし確実に上昇を開始した。
「上昇開始、ピッチプログラム開始」
管制官の声が響く。モニター越しに見るロケットは、夜空の深淵へと吸い込まれていく一筋の火の矢だった。第一段の燃焼が終わる。暗闇の中で小さな火花が散り、切り離されたブースターが重力に引かれて落ちていく。その上方で、JPL(ジェット推進研究所)が心血を注いで作り上げた上段ロケットと、細長いペンシルのような人工衛星「エクスプローラー1号」が、さらなる高みへと加速を続けていく。
しかし、打ち上げの成功だけでは、我々の勝利ではない。この小さな鋼鉄の礫が地球を一周し、カリフォルニア州のゴールドストーン追跡局にその歌声を届けるまでは。
それからの九十分間は、人生で最も長く、残酷な時間だった。我々はただ、静まり返った管制室で、目に見えない電波の海を見つめ続けた。もし信号が戻らなければ、アメリカの宇宙開発は深い奈落の底に突き落とされることになる。誰もが言葉を失い、冷めたコーヒーのカップを見つめるか、壁にかけられた時計の針を凝視していた。
そして、予定されていた時刻を少し過ぎた頃、スピーカーからノイズ混じりの、しかし確かな興奮を帯びた声が飛び込んできた。
「……受信した! カリフォルニアが信号を捉えた! エクスプローラー1号は軌道に乗っている!」
爆発。それは文字通りの歓喜の爆発だった。規律を重んじるはずのエンジニアたちが、子供のように叫び、抱き合い、紙吹雪を撒き散らした。私の目からも、熱いものが頬を伝った。それは単なる技術的な成功への喜びではなかった。暗黒の宇宙に、我々の手で一つ、新しい「星」を灯したのだという、震えるような実感だった。
エクスプローラー1号に搭載されたガイガー・カウンターは、今この瞬間も、目に見えない宇宙の放射線帯を検知し、未知のデータを地球へと送り続けている。我々はついに、地球というゆりかごの外側に、人類の感覚器を伸ばしたのだ。
窓の外を見上げれば、フロリダの空は相変わらず広く、漆黒の闇を湛えている。しかし、もう一時間前と同じ空ではない。あの星々の合間を、我々の意志が、我々の英知が、確かな鼓動を刻みながら巡っている。
今夜、人類は再び星へと帰還した。そして、その長い旅路はまだ始まったばかりなのだ。
参考にした出来事:1958年1月31日、アメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」の打ち上げ成功。ソ連のスプートニクに対抗し、ジェームズ・ヴァン・アレン教授の観測機器を搭載したこの衛星は、後に「ヴァン・アレン帯」と呼ばれる地球を囲む放射線帯を発見する歴史的快挙を成し遂げた。