【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
千七百九十三年、一月九日。フィラデルフィアの朝は、肺の奥まで凍りつくような鋭い冷気に包まれている。昨夜からの霜がウォルナット通りを白く縁取り、馬車の車輪が凍った泥を砕く乾いた音が、静まり返った街に響き渡っていた。私は外套の襟を立て、吐き出す息の白さに驚きながら、刑務所の中庭を囲む高い壁へと急いだ。今日、この街で、いや、この若き合衆国の歴史において、未だかつて誰も目にしたことのない奇跡が起ころうとしている。
広場の中央には、巨大な黄金色の絹の塊が、まるで眠れる怪物のよう横たわっていた。フランスから来た飛行家、ジャン=ピエール・ブランチャード氏の気球である。その周囲では、数基の樽から伸びた管が、シューシューという耳障りな音を立てていた。硫酸と鉄屑を反応させて生み出される「燃焼性の空気」が、あの巨大な袋を満たしつつあるのだ。鼻を突く独特の酸っぱい臭いが風に乗って漂い、見物人たちの間には期待と、それ以上に、神の領域を侵すことへの畏怖が混じった沈黙が流れている。
午前九時を過ぎる頃には、群衆の熱気で寒さも和らいだように感じられた。そして、その時が訪れた。黒い馬車が静かに止まり、威厳に満ちた長身の人物が姿を現した。ジョージ・ワシントン大統領閣下である。閣下は軍服ではなく市民の装いであられたが、その存在感は周囲を圧倒していた。大統領はブランチャード氏の元へ歩み寄り、一通の封書を手渡された。それは、気球がどこへ着陸しようとも、その土地の者がこの冒険者を保護するように記された、空の通行証であるという。一国の主が、一人の男が風に身を任せるという無謀な試みに、国家の保証を与えた瞬間であった。
十時。大砲の轟音が一度、二度と空気を震わせた。ブランチャード氏は、羽飾りのついた華やかな帽子を振り、青い上着を翻して、藤籠で編まれたゴンドラに乗り込んだ。彼はまさに、これから天界へと昇る使者のような面持ちであった。
最後の綱が解かれた瞬間、私の心臓は跳ね上がった。巨大な球体は、重力という呪縛から解き放たれたかのように、驚くほど滑らかに、そして音もなく浮上し始めたのである。群衆からは地鳴りのような歓声が上がったが、それも気球が高度を上げるにつれ、遠いさざなみのように消えていった。
見上げれば、冬の澄み渡った青空の中に、黄金色の円が小さくなっていく。地上に縛り付けられた我々をあざ笑うかのように、彼は悠々と風を捉え、デラウェア川の向こうへと遠ざかっていく。あの籠の中から、彼はどのような景色を見ているのだろうか。鳥の目線を持ち、雲に触れんとするその心地は、地を這う我々には想像すら及ばない。
かつてイカロスは太陽に近づきすぎて翼を失ったが、今、目の前で繰り広げられているのは、理知と勇気によって天を征服しようとする人間の姿だ。ブランチャード氏を乗せた気球が、森の彼方へと消えていくまで、私は首の痛みを忘れて空を仰ぎ続けていた。今日、このフィラデルフィアの冷たい空気の中で、人類の歴史は新しき頁をめくったのだ。人はもはや、大地を歩むだけの存在ではない。
今夜は、まだ見ぬ空の物語に思いを馳せながら、暖炉の火を眺めるとしよう。あの小さな籠が、無事にニュージャージーのどこかへ舞い降りていることを願いつつ。
参考にした出来事:1793年1月9日、フランス人のジャン=ピエール・ブランチャードが、ペンシルベニア州フィラデルフィアにてアメリカ大陸初の有人気球飛行に成功。ジョージ・ワシントン大統領も見守る中、気球は約46分間の飛行を経て、デラウェア川を越えたニュージャージー州デプトフォードに着陸した。