【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
シュルズベリーの冬は、骨の髄まで凍てつかせるような湿った冷気を孕んでいる。夜明け前、窓硝子の端を這うように凍りついた霜の結晶が、執務机に置かれた蝋燭の灯を反射して、まるで未知の化石の断片のように白く輝いている。私はペンを置き、冷え切った指先を擦り合わせた。寝室の方から聞こえていた慌ただしい足音と、お産を助ける女たちの低い囁き声が止んでから、もう随分と時間が経過したように感じられる。
午前九時を過ぎた頃だっただろうか。静寂を切り裂くようにして、新しい生命の産声が響き渡った。それは、このマウント・ハウスの分厚いレンガの壁をも震わせるような、力強く、どこか野性味を帯びた叫びだった。私は椅子を蹴立てるようにして立ち上がり、妻スザンナの待つ部屋へと向かった。
部屋の中は、石炭の燃える匂いと、清潔なリネン、そして微かな血の匂いが混じり合っていた。産褥に横たわるスザンナの顔は、長時間の苦闘を物語るように青白く、しかしその瞳には安堵の光が宿っている。彼女の腕の中に抱かれた赤子は、驚くほど赤く、皺くちゃで、それでいて生命の熱量に満ち溢れていた。
この小さな塊が、私の息子だ。父上が亡くなり、ウェッジウッド家との繋がりが深まる中で、我が家に新しく加わったこの命に、私は父の名と私自身の名を分け与え、チャールズ・ロバート・ダーウィンと名付けることにした。
赤子の掌に指を触れると、彼は無意識のうちに、しかし驚くべき強さで私の指を握り返してきた。その小さな爪、皮膚の微細な質感、時折痙攣するように動く瞼。医師としての私は、この完璧なまでの生命の造形に驚嘆せざるを得ない。亡き父エズマズ・ダーウィンは、かつて詩の中に生命の連鎖と変化の萌芽を綴ったが、この幼子の中に、その血脈がどのように受け継がれていくのだろうか。
外では、セヴァーン川のせせらぎが絶え間なく聞こえてくる。冬の枯れ木に覆われたシュルズベリーの丘陵地。この子が歩み始める世界は、今まさに産業の煙に包まれ、古き秩序が音を立てて崩れようとしている時代だ。だが、この小さな掌がいつか何を掴み、その瞳が世界のどのような真理を射抜くことになるのか、今はまだ誰にもわからない。
私は赤子を抱き上げ、窓辺に立った。凍てついた大地の下では、春を待つ種子たちが静かに眠っている。生命とは、なんと不思議な、そして冷徹なまでの精緻さを秘めた仕組みなのだろう。泣き疲れて眠りについたチャールズの寝顔を見つめながら、私はこの子が健やかに、ただ自然の理を愛する人間に育つことを願わずにはいられなかった。
暖炉の火が爆ぜ、火の粉が暗がりに消えていく。1809年2月12日。この平穏な地方都市の、ありふれた朝の光の中に、一人の人間が産み落とされた。それが人類の知の地平を書き換える序章になるとは、主なる神を除いて、私を含めた誰もが予期していなかったのである。
参考にした出来事:1809年2月12日、チャールズ・ダーウィンの誕生。イギリスの自然科学者であり、後に『種の起源』を著して進化論を提唱し、現代生物学の礎を築いた。イングランド・シュロップシャー州シュルズベリーにある邸宅「ザ・マウント」にて、裕福な医師ロバート・ダーウィンの次男として生まれた。同年同日にアメリカではエイブラハム・リンカーンも誕生している。