【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ロサンゼルスの朝は、海から流れ込む湿った霧に包まれていた。窓の外では、泥濘んだ通りを荷馬車とT型フォードが交互に通り過ぎ、蹄鉄の響きと排気音が入り混じった不協和音を奏でている。私は工房の片隅で、冷え切ったコーヒーを啜りながら、机の上に広げられた何十枚もの図面を見つめていた。指先には、ハンダ付けの火傷と、金属のバリで切った無数の傷跡が刻まれている。
午前十時を回った頃、一通の封書が届いた。ワシントンD.C.の特許局からの返信だった。震える手で封を切り、中に記された無機質な官僚用語を追う。そこには、ジョージ・ビーチャムとアドルフ・リッケンバッカーが連名で申請していた「電磁気式ピックアップを備えた弦楽器」が、ついに法的な権利として認められたことが記されていた。五年だ。一九三一年に最初の試作機を作り上げてから、特許局の役人たちを納得させるまでに、実に五年の歳月を要したのだ。
彼らは当初、この発明を楽器とは認めようとしなかった。弦の振動を電気信号に変換し、拡声器で増幅する。その理屈が、音楽の伝統に対する冒涜であるかのように、あるいは物理学の迷信であるかのように扱われた。木製の胴が共鳴して音を出すのがギターの定義であると信じて疑わない連中に、ソリッドボディの可能性を説くのは、盲人に色を説明するようなものだった。
私は立ち上がり、壁に掛けられた「フライパン」へと歩み寄った。鋳造アルミニウムで作られたその歪な形の楽器は、およそ優雅さとは程遠い。丸いボディから不釣り合いに長いネックが伸びている様は、まさに台所の調理器具そのものだ。だが、この無骨な銀色の塊こそが、音楽の歴史を不可逆的に変えてしまう怪物であることを、私は知っている。
アンプのスイッチを入れる。真空管が暖まるまで、数十秒の静寂が流れる。微かなハミング音が室内に満ち、目に見えないエネルギーが回路を駆け巡る。私はスライドバーを左手に持ち、一本の弦を弾いた。
その瞬間、部屋の空気が裂けた。
アコースティック・ギターのような、消え入るような残響ではない。音は減衰することなく、電気の脈動に乗って空間に留まり続けた。それは咆哮であり、祈りであり、あるいは未来からの呼び声のようでもあった。かつて、オーケストラの喧騒やブラスバンドの音圧にかき消されていたギタリストの溜息が、いまや雷鳴のごとき音量で、コンサートホールの隅々にまで届くのだ。
リッケンバッカーが工房に入ってきた。彼は私の顔を見て、何も言わずに頷いた。特許が認められたということは、この「魔法」が正式に世界の産業の一部として認められたことを意味する。もはや誰にも、この音を止めることはできない。
午後になり、霧が晴れると、カリフォルニアの強烈な陽光がアルミのボディに反射して、私の目を眩ませた。窓を開けると、外の喧騒が以前よりも鮮明に聞こえてくる。だが、私の耳にはすでに、これから生まれてくるであろう新しい時代の音楽が響いていた。それは大出力を得たブルースであり、まだ誰も名付けていない熱狂的なビートだ。
この特許証は、単なる紙切れではない。それは、人間が初めて雷の力を借りて、歌を歌うための免状なのだ。一九三六年二月二十五日。今日という日は、静寂が支配していた音楽の領土に、電磁気の光が差し込んだ記念碑として刻まれるだろう。私は再び「フライパン」を手に取り、今度は少しだけボリュームを上げた。銀色の匙ですくい上げたようなその音色は、どこまでも高く、澄み渡るように響き渡った。
参考にした出来事:1936年2月25日、ジョージ・ビーチャムとアドルフ・リッケンバッカーが開発した、世界初の電気ギター(通称「フライパン」ことリッケンバッカー・A-22/A-25)の特許がアメリカ合衆国特許局によって正式に承認された。これは弦の振動を電磁ピックアップで捉えるという現代のエレクトリック・ギターの基本構造が、公的に認められた歴史的瞬間である。