【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ボストンの冬は、三月に入ってもなお執拗にその爪痕を街に残している。エクセター・プレイス五番地、屋根裏に近いこの窮屈な実験室には、ガス灯の熱気と酸性の化学薬品が放つ鼻を突く刺激臭が充満していた。窓の外では湿った雪が、重苦しい灰色の空から力なく舞い落ちている。
アレクサンダー・グレアム・ベル。私の雇い主であり、この狂気じみた情熱の体現者は、朝から極度の緊張の中にいた。彼の細長い指先は、硫酸を満たした小さなカップと、そこから伸びる細いワイヤーの間で、まるで祈りを捧げるかのように繊細に動いている。我々が挑んでいるのは「調和電信」などという生ぬるいものではない。それは空気の振動、すなわち人間の魂の響きそのものを、冷徹な銅線へと封じ込め、遠く隔てた場所で再び解き放つという、神をも畏れぬ試みであった。
私は隣の部屋へ移動し、受信機を耳に当てた。この数ヶ月、私の耳に届いたのは、意味をなさない耳鳴りのような雑音や、金属が擦れる不快な唸り声ばかりだった。世間はベルを夢想家と呼び、私をその手先だと嘲笑った。しかし、私には見えていた。彼の瞳の奥に宿る、音という現象に対する異常なまでの執着と、聾唖者に言葉を教える家系が育んだ、声への深い畏敬の念が。
午後。実験は遅々として進まず、疲労が澱のように溜まっていった。ベルは送信機の調整に没頭し、私は暗い小部屋で、沈黙を守り続ける機械を抱くようにして座っていた。
その時だった。
突如として、死んでいたはずの鉄の振動板が、命を吹き込まれたかのように激しく震えた。
「ワトソン君、来てくれ。君に用がある」
鼓膜を打ったのは、紛れもなくベルの、あの少し高めの、焦燥に駆られた生身の声だった。それは電気の火花が発するパチパチという音ではなく、ましてや符号化されたクリック音でもない。言葉の抑揚、息遣い、そして彼の喉の震えまでもが、壁を越え、空間を飛び越えて、私の耳の中へと滑り込んできたのだ。
私は受話器を放り出すようにして、彼のいる部屋へと駆け込んだ。ドアを乱暴に開けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。ベルは自身のズボンにこぼれた酸を拭うことも忘れ、立ち尽くしていた。彼は、自分が漏らした叫びが、実際に電線を伝わって隣室の私に届いたのかどうか、確信を持てずにいたのだ。
「聞こえたのか、ワトソン」
彼の震える声に、私はただ、大きく頷くことしかできなかった。言葉を失っていたのは、音の専門家である彼の方ではなく、それを受け取った私の方だった。
その瞬間、私たちは理解した。この狭い下宿の一室で、人類の歴史が決定的に、そして不可逆的に変容してしまったことを。距離という概念が、一本の細い針条の線によって打ち砕かれたのだ。
夜になり、興奮が冷めやらぬままこの日記を綴っている。ベルは今、疲労困憊して眠りについているが、私はまだ、耳の奥に残るあの声を反芻している。あれは単なる装置の成功ではない。それは、孤独な人間が、別の孤独な人間へ向けて放った、最も原始的で、最も切実な呼びかけだった。
明日からの世界は、今日までとは違うものになるだろう。声は風に乗るのではなく、稲妻となって地を這い、大海を越える。私たちはもはや、沈黙の中に置き去りにされることはないのだ。窓外の雪はいつの間にか雨に変わり、舗道を叩く音が規則正しく響いている。その音さえも、いつか誰かが遠く離れた場所で、愛おしそうに耳を傾ける日が来るのかもしれない。
参考にした出来事
1876年3月10日、アレクサンダー・グレアム・ベル(Alexander Graham Bell)が、助手のトーマス・A・ワトソン(Thomas A. Watson)に対し、発明した電話機を通じて歴史上最初の明確な音声を伝達した。その内容は「Mr. Watson, come here — I want to see you.(ワトソン君、来てくれ、用がある)」というもので、ベルが実験中に誤って服に硫酸をこぼし、助けを求めた際の声が偶然伝わったものとされている。