【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ニューヘイブンの朝は、まだ身を切るような冷気が窓の隙間から忍び込んでくる。だが、ノア・ウェブスター先生の書斎に満ちている熱気は、春の訪れを待つ外の世界とは全く異質なものだった。私は、先生の傍らでこの壮大な計画の端くれを担ってきた者として、今日という日がアメリカの歴史においてどれほどの重みを持つことになるのか、その予感に震えている。
机の上に置かれたのは、二巻に及ぶ重厚なクォート判の書籍である。その背表紙には『アメリカ英語辞典(An American Dictionary of the English Language)』という、誇り高いタイトルが刻まれている。インクの匂いはまだ新しく、ページをめくるたびに、乾燥したばかりの紙が立てる微かな硬い音が、静まり返った部屋に響く。それは、我々が長年待ち望んでいた「独立」の声に他ならなかった。
先生は、すでに古稀を迎えられた。その白髪の混じった頭を垂れ、完成したばかりの自著を愛おしそうに撫でる手は、七万語もの言葉を拾い集め、それらの根源を遡り、定義を与えてきた歳月の重みを物語っている。二十年。いや、その準備期間を含めれば、先生の人生のほぼすべてが、この二巻の書物に凝縮されていると言っても過言ではない。
私は、先生がかつて語った言葉を思い出す。イギリスのサミュエル・ジョンソン博士が編纂した辞書は、確かに偉大な業績である。しかし、それはあくまで旧世界の、王侯貴族や保守的な学者たちのための言葉だ。この広大な新大陸に生きる我々が、開拓の汗を流し、新しい法を打ち立て、未知の植物や動物に出会う中で生み出してきた言葉を、ジョンソン博士の辞書は救い上げることはできない。
先生が特にこだわられたのは、綴りの簡素化だった。英国式の「Colour」から余計な「u」を削ぎ落とし、「Color」とする。「Centre」を「Center」と改める。それは単なる省略ではなく、合理的で、実用を重んじるアメリカ的精神の表れである。先生は、言葉こそが国民を統合する絆であると信じて疑わなかった。北のニューイングランドから南のジョージアまで、同じ言葉を、同じ綴りで、同じ意味として共有すること。それが、この若き共和国を一つの国家として固めるための、見えない礎石となるのだ。
書斎の壁には、先生が二十以上の言語を比較研究するために作成した膨大な対照表が、今も貼られたままだ。サンスクリット、ヘブライ、ギリシャ、アラビア。古今東西の言葉の海を泳ぎ抜き、英単語の真の由来を突き止めようとしたその執念は、傍で見ている私ですら、時として狂気じみたものに感じられた。しかし、今日こうして完成した辞書を目の当たりにすると、その一語一語が、文明の歴史を繋ぐ輝かしい鎖のように見えてくる。
昼過ぎ、印刷所から届いたばかりの初版が、注文主たちの元へ発送される準備が整った。二千五百部。高価な書物ではあるが、これは単なる辞書ではない。アメリカ人が、自らの口から発せられる言葉に対して、自ら定義を下す権利を手に入れたという証明書なのだ。
先生は窓辺に立ち、港の方角を眺めておられる。その背中は、大きな重荷を下ろした安堵感と、これからこの辞書が世に問われることへの、静かな緊張感に包まれていた。
「これで、我々は真に独立したのだ」
先生が独り言のように呟かれた言葉が、私の胸に深く突き刺さった。一七七六年の独立宣言が政治的な決別であったとするなら、今日、一八二八年四月十四日は、我々の精神と文化が、母国イギリスの影から脱し、自らの足で歩み始めた記念日として記憶されるべきだろう。
夕闇が迫る頃、私は最後の一束の原稿を整理し終えた。机の上は、数十年ぶりに広々としている。しかし、明日からはまた、言葉という生きた生き物との格闘が始まるのだ。言葉は変化し、成長し、死に、また新しく生まれる。ウェブスター先生のこの辞書は、その絶え間ない流れを記録するための、永遠の羅針盤となるに違いない。私は、冷え込んできた書斎にランプを灯し、この記念すべき一日の出来事を、先生から譲り受けた新しい綴りを使って、日記に記すことにした。
参考にした出来事:1828年4月14日、ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典(An American Dictionary of the English Language)』の初版を出版。約7万語を収録し、独自の綴り(American spelling)を採用したことで、アメリカ英語の標準化と文化的独立に決定的な役割を果たした。