【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
午前三時、管制センターの空気は冷え切ったコーヒーと、何百本もの煙草の吸い殻が放つ酸っぱい臭いに満ちている。コンソールのモニターが放つ不気味な緑色の光が、同僚たちの無精髭に覆われた、土気色の顔を浮かび上がらせている。誰もが限界だった。酸素タンクの爆発から四日。我々は睡眠という概念を忘れ、計算尺と手書きのグラフだけで、三人の男を死の淵から引き戻そうと足掻き続けてきた。
司令船「オデッセイ」が、もはや使い物にならなくなった機械船を切り離したという報告が入った。ベテランのジム・ラヴェルが無線越しに伝えてきた言葉に、一瞬、管制室内の呼吸が止まる。「奴はひどい状態だ」――切り離された機械船の側面は、無残に吹き飛び、配線が内臓のように垂れ下がっていたという。もしあの爆発が、熱遮蔽板に少しでも傷をつけていたとしたら。その疑念が、澱んだ空気の中に毒ガスのように広がる。だが、今の我々にできることは何もない。ただ、重力の引力に身を委ね、大気層という名の針の穴を通り抜ける彼らの幸運を祈るだけだ。
再突入。それは物理法則が支配する、最も残酷な数分間だ。
「ブラックアウトまであと一分」
通信担当のジョー・カーウィンの声が、静まり返った室内に響く。三人の飛行士を乗せたカプセルは、時速四万キロ近い猛烈な速度で大気圏に衝突する。カプセルの周囲は数千度のプラズマに包まれ、あらゆる電波を遮断する。予定では、この沈黙は三分間続くはずだ。もし四分を過ぎても声が戻らなければ、それは彼らが燃え尽きたか、あるいは角度が浅すぎて宇宙の彼方へ弾き飛ばされたことを意味する。
午前十時五十三分。計器上の信号が消えた。完全な静寂が訪れる。
私はコンソールの端を、指が白くなるほど強く握りしめた。隣の席の若手技術者は、組んだ両手の隙間に顔を埋め、小刻みに震えている。壁に掛けられた巨大な時計の秒針だけが、非情なほど正確に時を刻んでいく。一秒が、一時間のように長く感じられた。
一分。まだ早い。
二分。心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴っている。
三分。通信再開の予定時刻だ。
ジョーがマイクに向かって呼びかける。「オデッセイ、こちらヒューストン。聞こえるか?」
応答はない。ただ、サーという空虚なノイズがスピーカーから流れるだけだ。
「オデッセイ、こちらヒューストン。聞こえるか?」
再び、沈黙。管制室の室温が急激に下がったかのような錯覚に陥る。最悪の光景が脳裏をよぎる。パラシュートが開かず、弾丸のような速度で海面に激突する司令船。あるいは、熱遮蔽板が剥がれ落ち、内部の人間ごと蒸発してしまったカプセル。
三分三十秒。誰かが小さく、神の名を呟いた。
四分。喉の奥が熱くなり、視界が滲む。これが限界だ。もう、終わったのだ。我々は、彼らを救えなかった。
その時だった。
ノイズの向こう側から、ひどく掠れた、しかし力強い声が滑り込んできた。
「……こちらオデッセイ。ヒューストン、聞こえるか」
一瞬の静寂。そして、地鳴りのような歓声が爆発した。ヘッドセットを投げ出す者、隣の男の肩を掴んで泣き崩れる者、拳を突き上げる者。統制を重んじるはずのこの場所が、瞬時にして歓喜の渦に飲み込まれた。フライト・ディレクターのジーン・クランツだけが、涙を浮かべながらも鋭い声で「静粛に!」と叫び続けている。
テレビモニターには、南太平洋の空に三つのオレンジ色のパラシュートが、大輪の花のように開く様が映し出されていた。紺碧の海へとゆっくりと降下していくその姿は、神話に登場する火の鳥が、役目を終えて羽を休めに帰ってきたかのようだった。
回収船イオ・ジマのデッキに三人が降り立ったのを確認した時、ようやく私は自分の震えが止まっていることに気づいた。我々が成し遂げたのは、月面着陸という華々しい勝利ではない。絶望の底に墜ちた人間を、知恵と意思の力だけで地上に繋ぎ止めるという、最も泥臭く、そして最も人間らしい「成功した失敗」だった。
今夜、私は何日かぶりにベッドで眠るだろう。しかし、目を閉じればきっと、あの広大な闇の中で、小さな光の粒となって地球を目指した彼らの孤独と、それを繋ぎ止めた我々の、目に見えない絆の熱さを思い出すに違いない。1970年4月17日。この日は、人類が宇宙の厳しさを知り、同時に人間の精神が持つ無限の底力を確信した日として、私の記憶に刻まれた。
参考にした出来事
1970年4月17日:アポロ13号の地球帰還
月面着陸を目指して打ち上げられたアポロ13号が、飛行中に酸素タンクの爆発という致命的な事故に見舞われながらも、地上管制センターの懸命なサポートと乗組員の冷静な判断により、無事に太平洋上に着水し、生還を果たした歴史的事実。