【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
マンハッタンの朝は、常にせわしない蹄の音と、排気ガスの混じった冷たい風で幕を開ける。しかし、1924年のこの4月18日は、どこか空気が違っていた。ミッドタウンにある書店の棚に、鮮やかな青い表紙の薄い本が積み上げられた瞬間、私は歴史が小さく、しかし決定的に動く音を聞いたような気がした。
サイモンとシュスターという、まだ海のものとも山のものともつかぬ二人の青年実業家が送り出した「クロスワード・パズル・ブック」。それが今日という日の主役だ。彼らは自身の名が汚れるのを恐れたのか、わざわざ「プラザ・パブリッシング・カンパニー」という別名義でこの本を出版したという。大の大人が、新聞の隅にあるような言葉遊びに一ドル三十五セントも払うはずがない――それが業界の、そしておそらくは彼ら自身の本音だったのだろう。
私は開店と同時に、その一冊を手に取った。驚いたことに、本の背表紙には小さな紐で一本の鉛筆が結びつけられている。消しゴムの付いた、ごくありふれたヴィーナス鉛筆だ。だが、この「道具が最初から用意されている」という心憎い演出が、人々の心の奥底にある、未知の空白を埋めたいという欲求に火をつけたのだと思う。
正午を過ぎる頃には、店の雰囲気は一変していた。いつもなら新刊の小説や、重厚な政治評論を求めて歩き回る顧客たちが、皆一様にあの青い本を小脇に抱え、レジに並んでいる。ある者は我慢しきれずに、店内の隅にある読書用ベンチに腰を下ろし、早くも鉛筆を走らせていた。
コツ、コツ、コツ。
静まり返った店内に、黒鉛が紙を叩く乾いた音が響く。
「垂直の三番、五文字。ナポレオンの流刑地……」
隣に座った紳士が、唸るように呟いた。彼は銀行家だろうか、それとも弁護士だろうか。普段なら厳格な仮面を被って歩いているであろう人物が、今はたった一つの単語を求めて、子供のように眉間に皺を寄せ、虚空を睨んでいる。セント・ヘレナ。その答えが彼の脳裏に浮かんだ瞬間、鉛筆の先が踊るように四角いマス目を埋めていく。その時に彼が見せた、子供のような法悦の表情を私は忘れることができない。
午後、地下鉄に乗ると、さらに奇妙な光景を目にした。新聞を広げ、世界情勢に憤慨しているはずの通勤客たちが、こぞって膝の上にあの青い本を広げているのだ。列車が揺れるたびに、鉛筆を持つ手が滑り、彼らは毒づきながらも、すぐにまた白と黒の格子模様に没頭していく。それはまるで、都市全体が巨大な知能の熱病に浮かされているかのようだった。
言葉を交差させる。たったそれだけのことが、なぜこれほどまでに人々を惹きつけるのか。
おそらく、この複雑怪奇な現代社会において、私たちは「正解が確実に存在する問い」に飢えていたのではないだろうか。政治の混迷、禁酒法が生んだ闇、繰り返される恐慌の予兆。解決の糸口さえ見えない現実の難問に比して、クロスワードのマス目はあまりに清廉で、論理的だ。一文字が埋まれば、それが手がかりとなって次の言葉が導き出される。すべての空白が埋まった時、混沌とした思考は完璧な秩序へと変貌する。その瞬間の万能感こそが、一ドル三十五セントで買える最高の安らぎだったのだ。
夕暮れ時、五番街の街灯が灯り始める頃、書店の在庫はすべて掃けていた。店主は信じられないといった様子で、空になった棚を眺めていた。明日からは、辞書を買い求める客が殺到するに違いない。誰もが、自分の知識の限界を拡張しようと躍起になっている。
私は自宅へ戻る道すがら、自分の鞄に忍ばせた一冊の重みを感じていた。まだ私の本には、一つの文字も書き込まれていない。真っ白な正方形の連続が、静かに私を挑発している。今夜は、一杯のコーヒーと共に、この格子の中へ旅に出ようと思う。
「垂直の一番、四文字。愛の女神……」
アフロディーテか、それともヴィーナスか。
私の鉛筆が、最初の文字を刻む音を待っている。
1924年(大正13年)4月18日は、ただの日記の一頁ではない。人類が「余暇」という空白に、論理という名の遊びを詰め込み始めた、記念すべき知の祝祭日として記憶されることになるだろう。
参考にした出来事:1924年4月18日、リチャード・サイモンとマックス・シュスターによる出版社(現在のサイモン&シュスター社)が、世界初のクロスワードパズルの単行本『The Cross Word Puzzle Book』を出版。この本には鉛筆が付属しており、当時アメリカで爆発的なクロスワードパズル・ブームを巻き起こすきっかけとなった。